さよなら仲間
冷や汗をかいた。それはもうとんでもない冷えた汗だった。むしろ背筋が凍ってしまうほど。
勇者ウィンドルは言った。
どうして無傷でここまで来れたのかと。
ごもっともだ。どう考えても僕が戦えそうに見えないものな。戦う人だと余計にそう感じるのだろう。
ミササギには2つの選択肢があった。はっきり言うか言わないか。
前者は勇者ウィンドルの信用を少し勝ち取ることができる。後者は思っていたより王国側の者としての意識が強い勇者ウィンドルから、ダンジョン隠匿の罪が問われる可能性がある。
はっきり言うしかねぇなこりゃ!!
「分かった、はっきり言う。僕はこのダンジョンに万能薬を取りに来た。彼の物とは知らずにずっと利用してきた。お前らと出会ったという点に関しては全くの偶然さ」
「黙っていた理由は?」
勇者ウィンドルは朝食のメニューを聞くように尋問してくる。右手がどんどん剣に近付いているのが怖い。
「ダンジョンの秘匿は犯罪だから」
表情なんか読めたもんじゃない。こちらを向いているはずなのに、顔が黒く塗りつぶされているように、彼女の感情というのが全く読み取れなかった。
「…もうひとつ証明をしよう。僕は身に付けているマジックアイテムで隠れて、わりとずっとお前の近くにいた。突然の回復に心当たりはある?あれは僕がかけた万能薬さ。戦闘のできない僕は魔物に見つかったら一貫の終わりだから、姿をギリギリまで現さなかった。それだけ」
ミササギは恐怖心からペラペラと喋る口が止まらない。
「僕は利益を愛する職業だけど、人命救助に価値を見出さないわけじゃないよ。人として助けたいと思ったんだ」
どこまでこの勇者に通じるか分からないが、ミササギはひたすらに善人ムーブをかます。ミソは嘘を言わない、共感を求めるような語尾にしない、そしてハイヤーの話題を出さないことだ。
するとウィンドルはミササギの元に近付き、ぎゅっとミササギの手を両手でしっかり握りしめた。
両手が握り潰されてしまうのかと思ったが、その手つきは優しかった。さっき人を斬ったとは思えないほど。
「そ、そうだったのね!?」
「ん!?」
———ミササギは失念していた。
人間は自分の納得できる、実感できる言葉の方が圧倒的に信じやすいことを。
ハイヤーの言葉はきっと真実。しかし彼の行動は全て勇者ウィンドルの知らないところで行われている。
しかしミササギの行動は全て勇者ウィンドルに直接関係しているもの。万能薬によって助けられたという実感が存在している。
「ミササギ、ありがとう!この恩は忘れないわ!」
彼女はミササギのことを完全に信用した。
その感謝は正当だが、誰よりもウィンドルのことを考えていたハイヤーがあの仕打ちなので複雑だ。
「え、あぁ、そいつぁどうも…でもその万能薬はこのダンジョンで汲んだやつだから…」
「そんなの関係ないわ。貴方がいなければ私は死んでいたもの。どうやってお礼しようかしら、何か欲しいものはある?」
「いーやー大丈夫ですかねー(後々怖いので)」
あぁ、どんどん勇者ウィンドルが近付いてくる…この人だいぶ強引な人だぁ…。
「そんなこと言わずに!」
「とりあえず外まで送ってくれるだけでいいですかねー」
じわじわと寄られて、ついには壁際まで行き着いてしまった。一国の姫に壁ドンされることなど、今後の人生で2度もないだろう。
そんなことを思っていると、壁がドンされた———砂埃と壁の破片が舞い、大穴が開くようなドンだ。ミササギの横の壁が被害に遭った。
「あ、ウィンドル発見。さっきボス倒したから、そろそろダンジョンが崩れるわ———ってミササギじゃない!」
「あーマジックアイテム売りの…2人何やってんの」
大穴から出てきたのはいつぞやの魔法使いと、パーティーの一員である少年戦士だった。
「ミササギ、話があるわ!ちょっとこっちいらっしゃい!」
「今でございますか」
「商談よ!」
行きたくなかった心が急に変わった。ユラディカは商人が動く心を心得ている。心だけに。
「ユラディカ、まずは外に出ないと」
「そうそう。少年の言う通り」
「馴れ馴れしいのやめろ」
戦士ゴヴァはミササギの手を跳ね除ける。先ほどの勇者ユラディカとは違う理由で感情が分かりずらい。前髪で顔半分が隠れているからだ。
「ねぇユラディカ。ミササギと仲が良いのね」
「…あらそう?私はいつもこんなものよ。それにしても、勇者ウィンドルこそこんなダンジョンで何してるの?貴方たちが恋人だったなんて知らなかったわ」
ユラディカはミササギから“調合上手の指輪”を買い、調合が苦手という弱点をその過程で言ってしまったからある程度馴れ馴れしいが、そんなことをパーティーメンバーに言えるわけがない。
当然ユラディカは強気の姿勢になる。
「おい、ミササギだったか?なにウチの者に手ぇ出してんだよ」
「違う違う違う。これに関しては神に誓えるよ」
戦士がカタギじゃない。魔法使いは引くに引けなくなってる。勇者は謎の対抗心を出している。
「えーと、勇者ユラディカ、僕にお礼をしたいなら、今度会った時にでも商品を買ってくれればいいよ」
ミササギは頭を抱えながらも、この場でできる最適な弁明を絞り出した。これで引けなくなったユラディカが言い出した恋人関係でもないことが分かる上に、今後の売り上げにも貢献できる。
「あと!一国の姫が何処の馬の骨とも分からない野郎に近付かないこと。僕みたいなね!」
そしてこの距離に対しての否定も忘れない。
なんて機転の効く僕なんだ。
疲れた。酒飲みたい。
ダンジョンのボスが倒されたなら、ダンジョンのルールは今無くなっている。多少強引でもここから抜け出したい。もう疲れた。酒場に行こう。どうせ僕が着く頃にはハイヤーたちもいるだろうけど。
とりあえず勇者ウィンドルの精神状態は良くなってそうだし、ここでいなくなってもどうにかなるだろう。
「ユラディカ!商談ならいつでも受け付けるからね!【顧客探し】!」
◾️
「で、今に至るってわけだよ。ハイヤー、ヴァライ」
「何パーティーの仲引っ掻き回して帰ってきたんですか」
〈良いことがあるとすれば、ハイヤー以外に人死が出なかったことだな〉
あまりに最低限すぎる成果だった。
しかし、誰もミササギを責めることはない。特にハイヤーから殴られるかと思ったが彼は冷静だ。性格が良い。誰よりも良い男だと思う。正直言って、勇者ウィンドルに必要なのは間違いなく彼だ。
「はぁ……で、今後のお前たちに関することなんだけど、どうしたい?」
ヴァライは森に帰るという選択肢があるが、ハイヤーはもうすでに死んだということになっている。それに先祖代々王家に勤めているようなので、家に帰ることもできない。
一度助けてしまったからには、最後まで責任を負うのが筋だろう。
〈俺は森に帰る。ハイヤーが死んだ以上、俺の森ももう危ないからな〉
ヴァライはそう言って立ち上がった。
「かなり距離が離れているけど大丈夫かい?」
〈ああ、時間はかかるがな〉
「ならよかった」
〈ポーションを最後に飲んでから随分経つ。俺が喋ることももうないだろう。…次にお前たちと出会っても、噛み殺してしまうかもしれない〉
「すまない、ヴァライ。君に関係のない話に色々と巻き込んでしまった。どうか森で仲間と共に過ごしてくれ」
ハイヤーは古い床に頭をつけて謝った。だが、ヴァライは彼の髪を鼻で突いて頭をあげるように促す。
〈ユラディカに会ったら伝えてくれ。…この理性に感謝する、と〉
ウルフは部屋の扉に近づき、器用に鍵を開けたかと思ったら、躊躇いながらもこちらを向いて立ち止まった。
〈言葉の伝わらなかった隣人よ。俺はお前たちを少し理解した。昔ほど、怖くはない〉
最後にそれだけ言って出て行った。
バタンと扉が閉まる。
1階からおっさんたちの叫び声が聞こえる。ウルフが駆けたのだろう。
窓の外から、微かに遠吠えが聞こえた。




