《とある酒場》
時は進み、1ヶ月後。
「ジェフ!いつもの!」
駆け込むように馴染みの酒場に入り、商人と冒険者の中を潜り抜ける。
「あいあい…って誰だ?」
「ちょっとふざけないでよー、僕だよ僕。ミササギさんだよ」
いつものとんがり帽子も、いろんな物が飛び出したリュックも持っていなければ、マジックアイテムだとかいう服も着ていない、大変ラフな格好のミササギがいた。
彼からしてみれば、1年ぶりに会った上に特徴を全て削ぎ落としているので、誰だか全く分からないだろう。
「金大好きなお前が、昼間から酒だと?おいおい、明日は槍でも降んのかよ。槍先溶かして売って俺も大金持ちになれるチャンスがついに来たか?」
「ジェフは冗談が上手いね。詐欺師ぐらいにはなれるかもだ。今日は休み。ストレスで死にそうだから」
僕は疲れたもう疲れた。色々疲れた。今でも1ヶ月前のことを思うと頭が痛い。
「盗賊よりストレスの方が大敵か!ははは、5年も1人で旅できてりゃ、そらそうだな!」
元剣士で元勇者の彼はカウンター越しにミササギの肩をばんばんと叩いた。
「おっさんの称賛より、酒だよ酒。早く出して」
不幸中の幸いか、最近の不幸の原因の勇者パーティはかなりお金を落としてくれているので、高い酒でも気にすることなく飲める。
◾️
「ミササギ起きろ、もう夕方だぞ」
「うっそ…絶望」
カウンターに突っ伏して、ため息をつく。
「はぁ、ジェフ、あの2人は?」
「午前中から2階でお前のこと待ってるぞ。にしてもあの2人は誰なんだ?なんかあったようだし、お前の名刺を持ってたから通したが」
「…とある勇者パーティーの遊び人とウルフ」
「だいぶ攻めたジョブだな。今度博打誘ってみっか」
ミササギは難しいかもね、と言って2階の階段を登っていく。
彼はスタッフでも家族でもないが、2階の部屋のいくつかを借りていた。なので1年に一度帰ってくることがある。彼は旅商人だが、拠点があるとすればここになるだろう。
「マスター、あんたすごいな。あのマジックアイテム売りのミササギさんと知り合いだなんて」
「ははは、すごいだろ」
「今度機会があれば紹介して欲しいものだね。美味しかったよ、ご馳走様」
カウンター席にいた恰幅のいい商人はそう言って帰っていった。入れ替わるように酒場には人が入ってくる。冒険者協会が近いから、必然的に冒険者と…それと取引したい商人で酒場の席は埋まっていた。
「ほーん、アイツそんなに有名なのか」
「そりゃもちろん!マジックアイテム売りなんて世界に数えるほどしかいない上に、彼のその商品数、質、どれをとっても素晴らしい!」
「言うほどかね」
騒がしい店内でも一際大声で口論している声がある。中堅冒険者だろう。
「あのな、そもそもマジックアイテムはとんでもない技量で生み出された、魔法のような効果が付属した道具のことだ。それを生み出せる人も、存在する数も限られてる!」
「その価値は知ってるさ。でもただの庶民だろ?どうやってそれを手に入れているんだ。そんな怪しいなら、ちゃんと代々継いでいる商家の方がよっぽど良いと思うけどね」
(ありゃー片方はボンボンだな)
ボンボンの方がこの酒場に耐えかねたのか、酒を数口飲んですぐに出ていった。ミササギを擁護していた冒険者も慌てて外に出る。
また入れ替わり、テーブル席にいた最近よく来る冒険者が、空いたカウンター席に座ってきた。
「えっと、マスター?初めてそんなこと聞いたんだが…ミササギさんの知り合いって話」
「お前が来始めてから初めてこっち来たからな、見てないのも無理ないさ」
「どういう縁なんだ?」
「ちょっと前まで剣士をやっててね。ヘマして片腕失くした時に、アイツに助けられたんだ。きっちり対価は取られたがな!」
ジェファードは自分の太い二の腕を叩いた。色黒の肌にはいくつもの傷があるが、左腕だけはひとつも傷が無い。
「まさかとは思うが、万能薬じゃないよな」
そうは言うが、この世に欠損した腕を治せるような物などそれしか存在しない。噂によると、死んでからもすぐだったら生き返らせることができるらしい。
「まさかだよ、釈炎のダンジョンに行って出会ったんだ。対価で“調合上手の指輪”を取られちまった」
「待て、理解が追いつかん。マスター、あなたは、釈炎のダンジョンの攻略者———もしかしてジェファード・ライダーか?」
ジェファード・ライダー。彼は剣で名を馳せ、皇帝直々に勧誘され、勇者となった男。
魔王軍四天王を倒したことで知られている。
ちなみに、4人全員倒した。
「片腕失くなって、怖くなったから引退したんだ。今は酒場のマスターだよ」
快活に笑うジェファードを横目に、新米冒険者たちは離れていった。四天王を倒した剣士でも、片腕失くなったという話がショッキングだったのだろう。
代わりにオドオドとした商人が目の前に現れる。
「マスター、その…ミササギさんとは仲がいいのか?」
「知り合いだが、仲が良いってほどでもない。顔を見たのは1年ぶりだな。それがどうした」
「それが…勇者ウィンドルって奴らがミササギさんのことを探してるみたいなんだ」
「勇者ウィンドル…」
ウィンドルという名前はよく知っている。オワリノ帝国との戦争に出ていたハジマリ王国の姫だったはずだ。
ジェファードは戦争に出るのを何が何でも拒否していたので実情は知らないが、“覇者”と異名の付くとんでもなく強い姫だと聞く。
「あー!俺もさっき聞かれた!ヤベェやつかもしれんから何も言わなかったんだけど」
酒を飲んだ冒険者は勝手に会話に加わり出す。しかしその賢明な判断には賞賛したい。
「助かる。アイツに限ってトラブルは起こさないと思ってたんだがなぁ」
ミササギは基本的に商売以外で人と関わらない。それに厄介ごとに好んで首を突っ込むタイプではない。巻き込まれたとしても、何があっても自分が損しないような立ち回りをするはずだ。
「その勇者と、魔女のねぇちゃんと、小さい戦士がいたんだがな、小さい戦士の方は興味が無さそうだった。ねぇちゃんたちがお熟って感じだな」
———女性トラブル?
「いやいやいや。ないないない。だってアイツ絶妙に泥臭いし、服汚いし、足臭いし、それになんか雑草の匂いするし」
「ほぼ欠点臭いだけじゃねーか」
「旅してたらそんなもんだろ」
「性格と顔と金があるなら充分だわ」
常連はマスターに厳しい。離れたテーブルにいるというのに的確に野次を入れてくる。
「魔女のねぇちゃんがちょっとカリカリしてて、勇者がニコニコしながら探してたんだよなぁ」
何はともあれ、ミササギが戻ってきたら問い詰めるべきだと思った。
「マスター、一体何が不安なんだ。ミササギさんだっていい歳だろ?……何歳か知らんけど」
「そうだぞ。根無し草の商人に誠実さを求めるなよ……出身地も分からん人だし」
「どうせあの顔は、女遊びの経験があんのさ……商人以前の経歴も不明だけど」
4人は顔を見合わせた。誰も彼のことを憶測でしか語れないからだ。4人中、3人の顔は真っ赤だった。
とりあえず、もう一杯飲むらしい。




