お姫様心
最近いつもこうだ。人が怖いんだ。怖くて怖くて斬ってしまうんだ。でもそれが1番楽な方法なんだ。ごめんなさい、ハイヤー。貴方のことをずっと信じていたかったの。ごめんなさい。でも貴方の笑顔も思い出の中の貴方も、もう全部が恐ろしいの。
最近ずっとこう。
ハイヤー、大事なことを言わなくてごめんなさい。私、帰ってきてから味覚が無いの。
目も悪いの。鼻も効かないの。耳だって遠いの。
貴方の料理は美味しいから、帰って1番に食べたわ。砂みたいな味がした。とても食べ物だと思えなかった。でも美味しいって言っちゃった。
このダンジョンは真っ暗で怖かった。
確かに感じる魔物の敵意だけが道標で、1人で歩くのはとても怖かったのよ。
貴方たちは血を臭いというけれど、私はそうは思わないの。貴方たちは砲弾の音を騒がしいというけれど、私はそうは思わないの。
私のことを分からない貴方たちが怖い。言ってしまったら、それが確定してしまうから怖い。
………………そういうことを言いたかった。でも胸に沈んで口に出せない。勝手に頭にモヤがかかって、私の中の殺す以外の方法を誤魔化した。
我に返って手に握る勇者の剣を見れば、そこにはベッタリ血がついていた。ハイヤーの血だ。彼は戦闘経験がほとんどないから、ここまでの大怪我を負ったのは初めてだろう。
———そういえば、ハイヤーを斬ったんだっけ。
前を見れば———たぶん元々そちらの方に目線は向けていた———あまり意識をしていなかったが、あのマジックアイテム売りがいた。
なんだか色々必死だ。ハイヤーのことも、私のことも庇おうとしている。どっちつかずだが、今の私よりはずっと誠実だ。あのウルフだってそう。仲のいいハイヤーの危機に駆けつけ、私という脅威に立ち向かおうとしていた。
勇者が脅威だなんて笑える話だ。ウィンドルは心の中で自分を嘲笑った。
それから勇者の剣を見る。豪奢な飾りに、大きい刃。鈍い光の中には澱んだ赤が付いていて、地面に模様をつけていた。
———そういえば、ハイヤーを斬ったんだっけ。
「…」
最近いつもこうだ。人が怖いんだ。怖くて怖くて斬ってしまうんだ。でもそれが1番楽な方法なんだ。ごめんなさい、ハイヤー。貴方のことをずっと信じていたかったの。ごめんなさい。でも貴方の笑顔も思い出の中の貴方も、もう全部が恐ろしいの……あれ、これ前にも考えた気がする。
「ただのしがないマジックアイテム売りさ。今後ともご贔屓に」
そんなループを繰り返していると、濁った頭の中によく通る声が聞こえた。彼のことは知っている。それも前に考えた気がしたが。
とんがり帽子の、大きなリュックを背負った彼はハイヤーを連れて行くウルフを見送る。
「…貴方、名前は」
前に2度出会っているが、そういえば名前を聞いていなかったと思い、いつもの会話の調子を思い出すためにも聞いてみた。
「ミササギ」
彼の顔の強張りようから、自分がひどい顔をしていることがわかる。
にしても、ミササギ。不思議な響き。転生者だろうか。父上が主導で多くの異世界の者を召喚しているように、他の国でも勇者の発掘のお熱だ。きっと彼もどこかの国の都合のために呼び出され、才能がないから勇者にならなかったのだろう。
私と違って戦いの才能がないのだ。私が守るべき民草の1人が彼なのだ。そう気付くと、やっと私の中の勇者が顔を出して、頭のモヤは一気に晴れた。
このまま剣を出していると、彼まで刺してしまいそうなのでゆっくりとしまう。
「ミササギ、貴方が今ここにいるのは本当に偶然?それとも…いえ、やっぱりいいわ。それより、人の嘘がわかるような、マジックアイテムはあるかしら?」
いつもの勇者スマイルで話した。話せた。
冷静になって考えれば、彼を疑う必要はない。今殺す必要もない。度胸はあるが、武道の心得はないようだし、何より座り込んでいる。彼に私の命は脅かせない。でも私はいつでも殺せる。だから尚更穏やかに話せたんだと思う。
「…」
そう、冷静になった。だから分かる。
ハイヤーを殺す必要はなかった。
「ハイヤー……」
小さい声で呟いた。
小さい時からいつも彼は呼んだらすぐに来てくれるのだ。さすがに戦場では来なかったが。もちろん、今も来ない。
「あ、ああ…。そうだね、ないことはないけど、かなり限定的だ。僕が売っているのは、ええと…この“嘘破りの羽ペン”…ぐらいかな」
「どんな効果なの?」
ウィンドルはミササギに近寄ってみるが。彼は少し驚いた程度で、恐怖から取引を中止しようとはしない。やはり度胸はあるようだ。
ミササギはまるでなんてことないように、リュックから商品を取り出すとウィンドルをただの客として扱い始めた。
「……これはさっきも言った通り“嘘破りの羽ペン”。昔々の伝説的な魔法使いと錬金術師が共同で作ったシロモノさ。まぁ見た目はただの羽ペン。でも紙に書いた嘘を見破れるんだ」
そう言って、どこから取り出したか分からない紙を取り出し、サラサラと『カラスは海を泳ぐ』と書いた。
そんなわけがない。
だが、気持ちに呼応したかのように黒いインクで書いたはずの文はみるみるうちに赤色へと変化した。
「真っ赤な嘘ってことさ。インク市販の安物でいい。特殊なのはこのペンだから」
「これが本当に限定的なの?随分使い勝手がいいじゃない」
ミササギは笑って次は紙にこう書いた。『鳥は海を泳ぐ』。さっきと同じで嘘に思えるその文は、書き終えても赤になることはなかった。
「これがだいぶシビアな嘘判定しかしなくてね。その言葉に該当する人物が1人でもいたら、赤になってくれないんだ———裏を返せば超正確ってことだけど。だから書く言葉は超詳しく書く必要がある」
ウィンドルはふと思った。ハイヤーのことを調べる時、なんと書けばいいのだろうと。
「たとえば、どこの家の何歳のなんという仕事をしている誰で、いつ言ったなになに、みたいなね」
心が見透かされたと思った。商品の説明の一環としてごく当たり前だが、狙ったようにセールスをしてくる。
「いくらかしら?」
「本当は50万G頂きたいけど、地上まで護衛してくれたら少し値引きしよう。まぁ、あとそんなに持ち合わせはないようだし、請求書は王宮に送付しておくよ」
「ええ。それでいいわ」
「まいどー」
ミササギはささっと羽ペンと紙を包んで渡した。包み方が緩いのは、すぐに使うと分かっているからだろうか。
「今ここで試したって構わないよ。そこまで僕は急いでいないんだ」
「…貴方を地上に送ってからにするわ。ありがとう。ところでミササギ」
「なに?」
「ここはダンジョンのかなり奥なのだけど、戦闘能力のない貴方は、一体どうやって無傷でここまで来たの?」




