お前の仲間はどこですか
1時間ぐらい経っただろうか、いまだに勇者ウィンドルは目覚めない。お寝坊さんにも程があるだろう。
「…」
お寝坊さんという言葉を使うと、途端に自分がイタいナルシストのように思えてくる。自分を褒める言葉など使っていないのにだ。不思議でならない。
「どうでもよいね。うん」
だだっ広いダンジョンの通路。ここを通るには魔物と、少なくとも魔物ではない黒いローブを着た人物だけだった。
その人物は何度もここをウロついて、何度もしゃがんで立ち上がって精査してを繰り返していた。覆面も怖かったし、ここら辺の通路への執着も怖かった。
「じっくり調べてたみたいだけど、さすが僕のマジックアイテムは高品質だ。いやー、セールストークで話せるエピソードが増えちゃったねー」
たとえ自分の言葉を聞く人がいなくても、おしゃべり好きなミササギは話す。喋っていないと死ぬ人間だと自負しているからだ。
「…僕がここに居続ける意味もないかな。このダンジョンはそれほど広くない。1時間来なかったってことは仲間ももう…」
まさかとは思うが、それしかあり得ない。あとは見捨てられているという選択肢もあるが、死ぬほど仲が悪くない限りそんなことはしないだろう。以前見た時のパーティー仲は別に悪くなかった。
あそこから順当に旅をしていたら、今頃固い絆によって結ばれているはずだ。
「せめて入り口まで送ろう」
ミササギが釘を外し、ウィンドルを担ごうと思った時、背後の気配に気が付いた。急いで釘を回収し、壁に張り付く。
「あ!黒ローブ!」
「ウィンドル様が急に現れた…しかも無傷…!?」
黒ローブがウィンドルの腰の剣に触った瞬間。
彼女は目覚めた。
そして切った。
「きっ…切った、切った!刃傷沙汰だ!!うわーーー!!」
安全圏から叫ぶ間に行われるのは、戦場仕込みの剣技の数々。黒ローブは出遅れたがそれでも致命傷を負うことはない。堅実的な守りに寄った動きだ。
ただの商人で転生人であるミササギは、慣れない人間の斬り合いに震えが止まらなかった。
ついには決着がつき、ウィンドルは黒ローブの覆面を剥がす。
「ハイヤー…どうして貴方が」
「姫様、勇者の剣をこちらに渡してください」
それはミササギも知っている顔だった。
「ええ!?どういう展開!?」
何も分からない。ただの強い姫とちょっと姫に甘い執事じゃないの?
「…私、貴方を信じてたのに。貴方だけは、父上と違って、私を殺そうとしないと思っていたのに!!」
勇者が放つ悲痛の叫びに思わずミササギは跳ねた。
さっきまでぐっすりと眠っているところを見ただけに。傷だらけになっても我慢して仲間を探すところを見ただけに。
(………僕が思っているよりも、彼女はずっと弱いんだ)
それを聞いたハイヤーは目を見開いて絶望した。
ウィンドルは冷たい目でハイヤーを見下ろした。
「…………はっ」
ミササギは我に返って修羅場に恐れ慄いた。自分のことが見えてなくて良かったと心から思った。
「い、一体どういうことですか…?」
「言葉通りよ。戦場から戻ってきたと同時に父上が暗殺者を寄越すようになったの」
「なぜ自分に相談してくれなかったのですか!!」
「ずっと忙しそうにしてるから、負担になると思って。それに対処に困っているわけでもなかったもの」
「それでもっ…!」
ハイヤーは本気で心配しているようにも見えたが、ウィンドルは動じない。ミササギでも分かる。自分を殺そうとする相手の話など普通聞かない。
「———このスキル禁止のダンジョンに誘導して、武器まで奪おうとした。作戦は完璧ね。でも甘い」
ウィンドルの腹部への強力な蹴りでハイヤーは壁にぶつかった。その衝撃で口から胃液が飛び散る。
「戦場に出たことのない貴方が、私に勝てると思っているの?」
ミササギはここで気付く。最初は斬り合いだと思っていたがウィンドルが攻めるばかりで、ハイヤーは常に防御に徹していることを。
加えて、その目線は斬り合う相手ではなく剣に集中している。
「私を殺そうとした貴方の言葉なんて、もう聞いてあげない」
もしかして本当に剣が欲しいだけなのだろうか。
だとしたらなぜ?
ウィンドルの持っている剣には、勇者の剣なんて大層な名前が付いているみたいだが、ミササギの知る限りそんな剣は存在しない。
転生後、商売を始めてすぐに勇者と魔王の存在を聞いて探したことがあったのだ。ゲームでも漫画でもアニメでも存在する剣。わくわくして探したものだ。
結果、存在しなかった。
あり得るとしたら、そういうテイで売っている商品だろう。間違いなく価値が無い。奪う必要もない。
「……気になる。気になるけど———僕はただのマジックアイテム売りだ。さすがにパーティー内の仲間事情にまで口は出さないほうが…良いよね?」
この勇者一行とは何かと縁がある。
魔法使いユラディカのことは商人として助け、勇者ウィンドルのことは道徳心から助けたが、今はそれをする必要があるのだろうか。
「彼…本当にショックを受けていたみたいだった。殺す気があるようには思えない」
遊び人ハイヤーを、助ける価値はあるのだろうか。
「勇者にしたって、なんだか僕には想像もつかないような災難続きのようだし…」
ミササギは考えながらも万能薬の泉の元へ行こうとする。勇者ウィンドルを守るようなマネはしていたが、元々の目的はそれだ。
しかも、このダンジョンが見つかったということは、近いうちにここは国の所有するところとなり、今までのように万能薬取り放題とはならない。
それでは収益だだ下がりだ。
「ウィンドル様!勇者の剣は本当に危険なんです!」
「私のことを殺そうとしたくせに様付け?いい、私の言うことに正確に答えて」
ウィンドルはハイヤーの首に勇者の剣を向けた。
「このダンジョンは貴方が見つけて、今まで国に隠匿していたの?」
「……見つけた、というより自分がこのダンジョンを作りました」
聞き間違えか?ダンジョンを作った?
「どうやって?」
「スキルですよ…時間はかかりますがね」
資源潤沢お宝ザクザクダンジョンも彼ならワンチャン作れるということ?
そして、今ここで彼を助けて恩を売れば、そこを独占できるかもしれないということ?
「———ふーん」
ミササギは反対方向へ突き進み、2人が見えなくなったあたりでマジックアイテムの効果を解いた。
利益になる可能性が少しあるなら喜んでやろう。そもそもこれは勇者パーティーの仲を取り持つという善行でもある。
リスク0のリターン莫大。
これに乗らない商人がどこにいる。
わざとカツカツ靴音を鳴らし、2人に近づく。
「…!」
「今度は誰?」
「わーなんて偶然!久しぶりだね、勇者ウィンドルと遊び人ハイヤー。その様子じゃ、何かトラブルでもあったのかな?」
偶然そこに居合わせたというテイで。マジックアイテム売りは勇者の前に現れた。
怪しいにも程があり、冷静になれば僕への不信感で仲直りどころじゃないだろう。だが2人は今冷静ではない。だからこそ、こんな低品質で価値がないような”テイ“にも意味が生まれる。
「貴方…あの時のマジックアイテム売りじゃない!」
「顧客の記憶に残っているだなんて光栄だね。常連になってくれたらもっと嬉しいけど」
2人ともなぜここに、と言いたげだ。
「いやね、あんまりこの土地に来たことが無かったもので、ちょっと木陰で休憩でもって思ったらダンジョンの入り口を見つけたのさ!」
相手を納得させるための真っ赤な嘘。ハイヤーだけが真顔なのが怖いが、嘘だと断言する証拠もないだろう。現に僕はそうやって見つけたし。
「それで、お前たちは仲間だろ?剣を抜くなんて物騒じゃないか!さあさあ仕舞って!」
「え、あ、ちょっと今それどころじゃ…」
すすっと近寄り、話題の勇者の剣を仕舞わせる。少しだけ覗き見たが剣の専門家でもないので、武器として奪うほどの価値があるのかはよく分からない。
「…マジックアイテム売り様、しっかりと覚えていますよ。その節はお世話になりました。しかし自分は貴方に名前を教えた記憶がないのですが」
「おっと失礼。あれから僕は勇者ウィンドルのパーティーメンバーのことを調べてね」
「なぜ?」
「勇者ウィンドルがお姫様だからさ。不思議に思ってね。だって一国の姫が戦いになんて出るものじゃないだろ?」
ミササギは知っている。彼の断片的な言葉と表情から読み取った、ハイヤーが欲しがっている言葉を。
当事者でないからこそ、冷静な目で推測ができるのだ。
「たとえ実績と実力があってもさ、年若ーい乙女を何度も戦いに巻き込むのは良くないと思うんだ。当たり前だろ?…だから周囲に、姫を利用する良からぬ奴がいるんじゃないかと思ってね、調べたんだ」
これに関して嘘は言っていない。事実そう思った。
「貴方もそう思いますか!?」
「うん、思うさ」
思ったよりもハイヤーの反応が良い。勢いよく詰め寄ってきた。ナイスプレイ僕。5年の商人生活で鍛えた、このトーク技術を続けよう。
「今に関しては———刃傷沙汰とか良くないね。僕はこれでもいろんなところを見てきているんだ。仲違いの原因なんて、どれも些細な報連相不足だったりするのさ。良ければ2人の話を聞かせてくれないか?」




