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勇者になる前の記憶

リリィはニコニコしながら赤い果実を食べている私を見ていた。



「そんな慌てなくても、ここは食料庫なのでたくさんありますよ」

「勇者である私に、本当にいいのですか?食べれば元気になってあなたを倒すかもしれないですよ?」

「ふふふ。それがお出来になるのであれば」

「はぁ、そんなに自信があるなんて。これでも一応勇者なのですが……」

「いえいえ、クロ様は間違いなくこの世界で最強ですよ。でも」

「でも?」

「今はまだ、わたくしの方が強いと思います」

「……」



無言で返事をした。

私が最強というのもあり得ない話だが、それ以上に今のリリィには勝てる気が全くしなかった。

今出せる全力の剣術を片手で止められたうえ十八番おはこの魔法があんな簡単に対応されたという事実がすべてを物語っている。

リリィは近くに転がっていた何も入っていない木の箱のようなものを手に取りひっくり返し手で少し埃を払うと、ポケットから手のひらより少し大きいサイズの青い花柄のハンカチのようなものをそこに置いて座った。



私も立っているのが疲れたので、近くにあった同じような赤い果実を手に取りつつ、同じく近くに転がっていた箱を手に取りひっくり返して、その上の埃を手で払ってから、ちょこんと座った。

そして、果実をちびちびと食べているとリリィはまだ一口しか食べていない赤い果実を手に持ちつつ、ニコニコしたまま黙ってこちらを見ていた。



いや、さすがに目の前にいる敵に食べられているところをまじまじと見られるのは、恥ずかしい。



「すみません」

「はい?どうかしましたか」

「あの、リリィ……は食べないのですか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、先ほどお昼を食べてしまったのでお腹があまり好いていないんですよ」

「えっ……なら、さっきの一口は」

「もちろん毒味、のためですよ。そうしないとクロ様は食べようとしなかったでしょ?」

「どうして敵である私なんかのために?」



不思議だった。

目の前にいるのは魔王の側近で、私は勇者。

この世界で最も憎しみ合うべき敵同士であるにもかかわらず、どうして殺してこないのか。



「ふふふ。メイドの秘密……じゃダメですか?」

「そもそも、あなたは魔王の使用人じゃないですか!悠長ゆうちょうに私なんかと話していていいのですか?」

「使用人とは違いますよ!メイド長です!!」

「別にそこは……じゃなくて!私とのんびりお話していてよいのですか?魔王が怒ったりしないのですか?」

「だから言ったでしょう。わたくしはクロ様を探していた……と」

「どうして私なんかを」



リリィはニコリしつつも、何も答えなかった。

つまり、その部分は教えてくれないということか。

大切な部分を教えてくれないことに少しムッとしていたところ、リリィがグッと身を乗り出してくる。



「クロ様ばかり質問はずるいので、わたくしからも質問しても良いですか?」

「……まぁ、赤い果実のお礼分ぐらいなら」

「ありがとうございます!そしたら、一つだけ」



笑顔だったリリィはスッと目を細め、笑顔が無い真面目な顔になる。

見たこともない真面目な姿に少し身構えてしまう。

そして質問の意図を理解させるようにゆっくりと話しかけてきた。



「クロ様は、勇者になる前のこと……特に()()()()()()()()()()()について記憶がありますか?」

「……」



余りにも突拍子もない質問で顔をしかめてしまう。

質問の意図が全くわからない。

とはいえ、食べ物を貰った故に何も答えないのは違うと思ったので答える。



「もちろん、覚えています」

「それは本当ですか?」

「何を聞きたいのかわからないですが、しっかり覚えていますよ」

「そうですか。であれば、勇者になる時の直前の話をしてもらっていいですか?」

「しつこいなぁ……勇者になるときの話ね?」



えぇっと確か……



「エデン城内、国王の前で女神様から勇者の加護を受けて……勇者メンバーは確か、ソフィアは笑顔で拍手してくれていたからハグしにいったし、アイクの奴はいつもの如くおちゃらけていて……」

「少しお待ちください」



話を遮るようにリリィは強く止めた。

なんで止めるのだろうか……

少しイライラしてしまう。



「すみません、さっきから何を聞きたいのかさっぱりわからないのですが」

「クロ様。よく落ち着いてお聞きください。それは勇者になった後の話ですよね?」

「えっ……」

「お聞きしているのは、勇者の加護を受けた()()()ではなく、()()()です。加護を受ける前は何をなさっていたのですか?」

「それは……」



言葉に詰まり、目を見開く。

体中に虫がうごめいているかの如くぞわぞわした感触が駆け巡る。

全身の鳥肌が止まらない。



あれっ……



昔のことから思い出そうとすると、両親、私の親友、遊び場所、良く行った店、勇者になるため、剣の師匠と修行いったことなど思い出せる。

小さいころ出会った人や行った所も大体覚えている。だが、



――()()()()()()()()()()が、不自然にすっぽりと抜け落ちていた



エデン城で女神の加護を受ける時、そこにいた国王や女神になんて言われた?

女神の加護を受ける前に私が言った事は?

エデン城に行く前にしていたことは??

勇者になろうと決めた日は???



覚えていて当然のことが、何一つ出てこない。

急に立てないほどの頭痛が襲い、私は目をギュッとつむった。



★☆★☆★


青いワンピースを着て、頭に黒い角が付いた少女がにこりと笑った。


『クロに……これだけはどうしても伝えておきたいの』


★☆★☆★



ほんの一瞬気絶していたのか……この城で復活するときに見た夢が見えた。

時々見る、いつもと全く同じ夢。

青い瞳の魔族の少女が私の方を見て話そうとしている。

私はこれまでにこの少女に会った事はもちろん、見たことも一切ない……なのに、



「あれっ?」



突然、両目から大量の涙が落ちる。



目にゴミが入ったわけでもない。

もちろん悲しいという感情も一切ない。

ただ、服の裾で目をこすっても……こすっても……ずっと涙がこぼれ落ちる。



私の心が、私自身に何か大切なことを訴えているようだった。



頭の中が混乱している……自分自身の体とは思えない。

理由もなく泣いている自分が怖くなってきた。

リリィが慌てて私に声をかけつつ、何かをポケットから探しているようだ。



「だ、大丈夫ですか!?」

「全然大丈夫、気にしなくていいよ」

「そんなにも、泣いているのに?」

「泣いている理由が何かもわからないし。本当になんで止まらないのかしら?」

「……」



その言葉にピクッとリリィの肩が動いた。

一瞬うつむき、唇をギュッと噛む。



――こんな悲しいことが、許されるのですね。



はっきりとした声は聞こえなかったが、そんな風に言っている気がした。

私が泣いている理由をリリィは知っているということなのだろうか。

そんなことを悩んで考えていると、知らない間にいつもの笑顔なリリィが目の前に立っていた。



「クロ様……泣いているのは心が悲しいからだと思いますよ。何か理由があると思います」

「私もそう思うんだけど……」

「とはいえ、まずはその涙をこれで拭いてください」

「えぇ、ありがとう」



リリィから渡された白色のハンカチを受け取り、涙を拭う。



「因みに、一瞬気を失っているように見受けられたのですが、何かあったのですか?」

「全然、大した話じゃないから」

「もし良かったら、教えて貰えませんか?」



だから、そんな大した話じゃ……と言いかけたものの、リリィは私の近くまで寄って顔をグッと近づけてくる。

やわらかい言葉とは裏腹に、目に見えない強い圧を感じる。

面倒だと思いつつも、ハンカチを貸してくれた恩もあるので素直に答えた。



「夜のベンチで青い瞳の魔族の少女と一緒に何かを話している夢の一部を見ただけ。よく見る夢なんだけど、なんか私の夢……について話してて。でも、いつも最後の部分はわからないの」

「他には何かありましたか?」

「えぇっと……私が勇者になるのを迷っていて、それを聞いた少女が励ましてくれた」

「ちなみに、その魔族の少女はどんな顔でした?」

「顔はあんまり覚えてない。でも、きりっとしたお姉さんだった気がする。あと」

「あと?」

「目がとっても綺麗で透き通るような青色だったのは覚えてる」



これまで見たこともないような……とっても綺麗な青い瞳。

それだけは忘れようがなかった。



「そうですか……ありがとうございます」



顔を近づけていたリリィはすっと離れ、何かを考えている。

そしてはっと何かに気づいたのか、私の方を指さしてくる。



「因みに、それは見たことないですか?」

「それ……って?このハンカチのこと?」

「そうです。広げてみてください」

「別に見たことないと思うけど……」



私は四つ折りにされた、しわが一つもないハンカチを広げる。

白の無地の綺麗なハンカチ……だと思っていたが、広げてよく確認すると全体の四分の一のサイズの大きさで何やら模様が見える。

そこには、小さな青紫の一輪の花が咲いていた。



「その花に見覚えは?」



リリィのその言葉を聞いた瞬間、その花が急に輝いた……気がした。

そして、何かの記憶が私の脳内を駆け巡る。

――そう、あの時も私は泣いていた気がする


ここまで読んで下さりありがとうございました。

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