『不殺の勇者』が示すこと
リリィは置いたカップの水面を見ながら口を開く。
「ただ、記憶を失っていることに気づいてとても辛い思いをした魔王様でしたが、実はクロ様のご活躍を聞いて少し希望が持てたのです。クロ様が全く魔物を殺さない『不殺の勇者』であるという噂を知ってからは」
「そうだったね~。僕もよく魔王様とお話してたけど、不殺の勇者の話題が出たときはとっても喜んでたなぁ」
メルナは途中で店員が持って来た、焼き菓子のようなものをもぐもぐと食べながら答える。
……えっ
二人とは対照的に、驚いてしまう。
これまで『不殺の勇者』であることをずっと恥じてきたのに。
その名のせいで勇者パーティーも壊れたって言うのに。
リンは……喜んでいた?
どうしてなのか、パッと理由が思いつかなかった。
「うーん……それは私が魔族と戦えない勇者ってわかって、魔界が安全になったって喜んでたってこと……?」
「違いますよ!!」
リリィがバンと机を叩いて立ち上がった。
その顔は、見たことが無いほど怒っていた。
どうしてそんなにも怒っているのわからないものの、私は頭を下げる。
「リリィごめんなさい。悪気はないの。ただ、この『不殺の勇者』ってあだ名は私にとって本当につらかったから……」
謝ってもなお、リリィはその怒りを抑えれないのか、少し強めの口調になっていた。
「魔王様はクロ様が『不殺の勇者』であることこそが、記憶を無くしたのではなく、封印されている証拠だと思っていらっしゃったのです!!」
「封印されている……?無くしたのと何が違うの。結局私は覚えていないし」
「全く違いますよ!!」
リリィはギロッと睨んできた。
……初めてリリィが怖いと思った。
「いいですか。もし無くしたのであれば、記憶は復活しません。無から有は生み出すことができないからです。でも、封印であれば、その封印を解けば思い出すことができるのです。実際、クロ様は魔王様との記憶をいくつか思い出したでしょ?」
「ま、まぁ……」
「魔王様は常日頃から言っておられました。『記憶を取り戻したら、一緒に遊ぶんだ』と。そのために魔王様は必死にクロ様の記憶について取り組まれていたのです。それは別にクロ様だけのためではありません。魔王様自身のためでもあったのです」
「……」
よく見ると、リリィの目には涙がたまっていた。
……私は黙ってしまう。
「記憶を無くされたクロ様はとても辛いと思います。でも、記憶が残っている方の想いもちゃんと考えてください!!!」
そっか。
どうしてリリィが泣いてまで怒ってくれているのかようやくわかった。
私が自分自身のことばかり考えていたからだ。
忘れた方は忘れているだけだから、そのことに気づかない限り何も苦しまない。
だが、周りの忘れていない人たちは……
無意識にメルナの方を見る。
メルナは黙りながらも、ジッと私の方を見ていた。
だが、その目は少し悲しそうに見えた。
メルナには私と共に過ごした記憶や思い出がたくさんあるのだろう。
その中には、恐らく一緒に遊んだこと、たくさん喧嘩したこと、一緒に怒られたことなどがたくさん詰まっている。
そこで得られた想いがあるからこそ様々な感情が生まれ、今すぐにでも伝えたいことがある。
だが、私には……それが何もない。
メルナは私に対して色々な話をしたいのにもかかわらず、私はメルナを全く知らない人のように扱ってしまう。
それことがどれだけ……メルナを苦しめていたのだろうか。
私が魔王城でメルナに感じた申し訳なさは勝手に私が感じたものなだけで、実際メルナは泣くほど辛かったのかもしれない。
昔、一緒に遊んでいた友達が、急に赤の他人になって帰って来たのだから。
どのような話をしようと私には何も伝わらない。
それでも、メルナは辛抱強く私に優しくし続けてくれていた。
それは……私に思い出してほしいと心から想っているのだろう。
リリィの言う通り記憶が無くなっているのか、封印されているのかは、確かに全く違った。
無くなっている場合は、残された方は諦めるしかできない。
その辛い感情を押し殺すことしか方法がない。
でも、封印されているのであれば、解決できる。
その封印を解けば、再び昔のように話ができるのだから。
リリィは息を大きく吸って吐き、サッとハンカチで目元を拭いて落ち着きを取り戻していた。
そして、いつもと同じトーンで話を続ける。
「魔王様は、クロ様が勇者になってからの全ての時間を、記憶を復活させる方法を探すことに使われておりました。各地で行われる人間との小競り合いのような戦闘、魔族からの不満、魔族同士のいざこざ……それら全てをわたくしに任せて、必死に探されておられたのです」
「つまり、私が勇者になってから魔王……いえ、クロを一度も見たことが無かったのは、私の記憶を取り戻すためだったということ?」
「そうです。そもそも魔王様が表に出て何かをするということはこれまでほとんどありませんでしたが、ここ五年は魔王城の中でもあのお方をお見掛けした人は少ないと思います」
「……」
言葉が出てこない。
私がずっと倒さないといけない相手だと思っていたのに、その相手は私の記憶を取り戻そうと必死になってくれていたなんて。
涙が頬を濡らす。
それを服の裾で拭った。
でも、まだ聞かないといけないことが残っていた。
「ねぇ……どうしてリンちゃんは、私が『不殺の勇者』だからって、記憶が封印されているって思ったの?」
「その点はわたくしも詳しくはわからないのですが……魔王様はよく『クロは魔物を殺していない、それは夢を完全に忘れてないからだと思う。だから記憶は無くしたんじゃなくて、封印されたと考えるのが自然なんだ』とおっしゃっていました」
「私の…夢…」
魔王城の目覚める前にみたいつもの夢の中に話が出ていた。
リンは「私の夢を目指す」って言っていた気がする。
恐らくその夢のことだろう。
「因みに、魔王様から人間との戦いで厳命されていたことがあります」
「それはどんな?」
「あれでしょ。『人間は絶対に殺さないこと』っていうやつ。僕が最近の戦いにほとんど出なかったのもそれが理由だし。僕が竜の姿で本気出したら間違いなくたくさん死んじゃうからねぇ」
ニコニコしながら三枚目の焼き菓子に手を伸ばしつつメルナが言った。
確かに戦場でメルナの竜の姿を見たことはない。
それどころか初めて魔王城で出会うまで本の中の伝説の魔族だと思っていたぐらいだ。
「人間は……殺さないこと……」
そしてメルナの言葉を繰り返して呟く。
私がずっと困って来た『魔族を殺せない』の逆。
つまり、私の夢のために人間も魔族も殺さないことが必要だったってことになる。
ここまで聞いているのに……私の夢は何も思い出せない。
でも……
「いま初めて『不殺の勇者』で良かったって思えた。たぶん、私の夢……いえ、私たちの夢にはそのことが必要だったってことでしょ?」
「そうだと思います。これまで、恐らく『不殺の勇者』としてとても辛いことが多かったかと……でも、そのおかげで魔王様も諦めずに頑張れたのです。だから、そのあだ名は胸を張ってください」
私は……目からこぼれる涙を止めることはできなかった。
このあだ名には本当に辛いことしかなかった。
王様には嫌味を言われ、人間には怒鳴られ、仲間と喧嘩ばかりした。
――どれほどの夜、このあだ名と向き合い泣いたことだろうか。
でも、今になって私とリンの夢を叶えるという意味を見つけて、本当に嬉しく……ホッとした。
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