第76話 取り調べ
白い部屋は、静かだった。
音を吸い込むような白。
壁も、床も、天井も、逃げ場のない無機質な空間。
その中央に、ハイエルフは一人、座らされていた。
「……ふん」
腕を組み、顎を上げる。
気丈な態度は、まだ崩れていない。
「ずいぶんと無礼な扱いだな。
我らを誰だと思っている」
対面の椅子に腰掛けた統括は、足を組み、淡々と答えた。
「ハイエルフ」
「それ以上でも以下でもない」
「……ほう?」
ハイエルフの口角が吊り上がる。
「知らぬとは哀れだな。
我らは神に選ばれし民。
神の意思を森に伝える――」
「その話」
統括は、軽く手を上げて遮った。
「もういい」
「……何?」
統括は、少しだけ首を傾げる。
「なあ、勘違いしてるから言っとくけどさ」
ハイエルフは、なおも勝ち誇ったように言いかける。
「我らは神の使いだ。
神に選ばれ――」
「違う」
被せるように、統括が言った。
「そもそも俺は」
一拍。
「お前らを神の使いだと思ったこと、一度もない」
「……な、何を言っている」
「ちょっと魔力が高いだけ」
「寿命が長いだけ」
「それで勝手に“神の使い”を名乗ってる――」
統括は、はっきりと言い切った。
「神の使いを自称してるだけのエルフだ」
空気が、凍りついた。
「神はな」
統括の声は、淡々としている。
「使いを選ぶ時、
“力”より先に“責任”を見る」
「管理もせず」
「問題が起きれば放置」
「世界樹が折れても知らん顔」
「そんな奴を――」
指を一本、ハイエルフに向ける。
「神が使うわけないだろ」
ハイエルフの喉が、ひくりと鳴った。
「……戯言だ」
「我らは長きに渡り森を――」
「管理してない」
即答。
「見てただけ」
「好き勝手してただけ」
「都合の悪いことは下に押し付けてただけ」
統括は、淡々と事実を積み上げる。
「エルフは見て見ぬふり」
「ダークエルフは暴走」
「お前は怠惰」
「その結果が――」
指を鳴らす。
白い壁に、映像が浮かぶ。
ひび割れ、倒れ伏す世界樹。
枯れ始めた森。
「これだ」
ハイエルフの顔色が、明確に変わった。
「……我らは、神の導きを待っていた」
「違う」
「神に丸投げしてただけだ」
「……!」
「神は万能じゃない」
「だから管理者を置く」
「それがお前らの“役目”だった」
統括は、静かに告げる。
「で、失敗した」
「失敗しても謝らない」
「責任も取らない」
「だから今、ここにいる」
ハイエルフは、唇を噛みしめた。
「……なら、なぜ殺さぬ」
「簡単だ」
「殺すほどの価値もない」
その言葉が、致命打だった。
「……な」
「処刑は“裁き”だ」
「お前らは裁く段階にすら来てない」
「ただの――」
「管理放棄案件」
沈黙。
その時、扉の向こうから足音がした。
「……入っていい?」
三つの首を揺らしながら、ケルちゃんが顔を出す。
「だめ?」
「いいぞ」
統括が頷くと、
ケルちゃんはのそのそと部屋に入ってきた。
「この人、悪い人?」
ハイエルフは、反射的に睨みつける。
「下がれ、獣!」
瞬間。
「燃やすぞ?」
「……っ!!」
ハイエルフの体が、勝手に正座になる。
「ごめんなさい」
震え声。
統括は溜息をついた。
「ほらな」
「これが現実だ」
「力の差」
「立場の差」
「責任の差」
ケルちゃんは首を傾げる。
「この人、神の使い?」
「違う」
「えー?」
「自称だ」
「ふーん」
ケルちゃんは興味を失ったように尻尾を振る。
「じゃあ、普通の人?」
「いや」
統括は言う。
「責任から逃げ続けた元管理者だ」
ハイエルフの肩が、がくりと落ちた。
「……我らは、どうなる」
統括は立ち上がる。
「選択肢は三つ」
「働く」
「管理される」
「何もせず、森を失う」
「選ぶのはお前らだ」
扉に手をかけ、振り返る。
「勘違いするな」
「これは裁きじゃない」
「再履修だ」
扉が閉まる。
残されたハイエルフは、
白い床に額をつけた。
――完全敗北。
自分が神に近い存在だと、
信じて疑わなかった長い年月が、
音もなく崩れ落ちた。
そして彼は、ようやく理解した。
自分たちは――
最初から、選ばれてなどいなかったのだと。




