第69話 選ぶ者たち
森は、静かだった。
だがその静けさは、安らぎではない。
嵐の前に訪れる、不自然な沈黙だった。
世界樹の折れた根元から、淡い魔力が漏れ出している。
それは森を巡る生命循環の“血流”そのものだった。
本来なら、ハイエルフが管理し、調律し、森全体へ行き渡らせるはずのもの。
だが――
「面倒だな」
ハイエルフは、玉座にも似た巨大な根の上で、寝転がったまま呟いた。
「まだ森はある。
別に困ってないだろ?」
彼らにとって、世界樹は“使えるうちは使うもの”でしかない。
失われつつある均衡に、危機感はなかった。
一方、森の縁。
闇に覆われた地下都市の入口で、ダークエルフたちは武装していた。
「……決めた」
族長が、低く告げる。
「戦う。
このままでは、私たちは森ごと死ぬ」
彼らは知っていた。
ハイエルフが動かないことも、
エルフ族が“神を殺す”という選択を恐れていることも。
だからこそ。
「力を貸す」
闇の奥から、声が響いた。
闇の神の加護。
夜を支配し、影を操る力。
その場にいたダークエルフたちは、膝をついた。
「我らは――選ぶ。
生きるために、戦うことを」
その背後で、ケルベロスが静かに座っていた。
三つ首のうち、中央の首が小さく呟く。
「……燃やすか?」
「まだだ」
エレブスが、首輪を軽く叩く。
「今日は、見届ける日だ」
対して、光の差す森の中央。
エルフ族の集会場では、激しい議論が交わされていた。
「戦えば、神殺しになる!」
「だが、何もしなければ森が死ぬ!」
「それでも……それでも、我らは――」
光が降り注いだ。
まるで世界そのものが、答えを示すように。
光の神の加護。
それは、優しく、温かく、だが明確な“選別”だった。
「戦わない」
族長が、震える声で言った。
「我らは……ハイエルフを討たない」
その瞬間、空気が凍りついた。
「……分かった」
誰かがそう言った。
「それが、お前たちの選択なら」
彼らは、守ることを選んだ。
均衡よりも、信仰を。
未来よりも、今の安寧を。
そして――
「……同じだな」
天上から、統括はその光景を見下ろしていた。
「光も、冷えたエルフも。
“神”ってやつは、だいたい同じ選択をする」
戦いは、突然始まった。
ダークエルフが、地下から這い上がるように現れ、
闇の魔法が森を裂いた。
だが。
「防御陣、展開!」
光の加護を受けたエルフたちの結界は、硬かった。
雷鳴のような衝突。
闇と光が、森の中でぶつかり合う。
血が流れ、叫びが上がる。
だが――死者はいなかった。
それは、一つの異常だった。
「……回復が、追いついてる?」
ダークエルフの戦士が叫ぶ。
空から、淡い光が降り注いでいた。
統括の、遠距離回復魔法。
生死の境界線を、無理やり押し戻すような、理不尽な力。
「くそ……!」
それでも。
数で劣るダークエルフは、次第に押され始める。
光の結界は破れず、
闇の力は削られていく。
「撤退だ!」
族長が叫んだ。
「生きろ!
まだ終わりじゃない!」
ダークエルフたちは、森の影へと消えていった。
敗北だった。
戦いの後。
ハイエルフは、森を一瞥し、あくびをした。
「終わったか?」
「はい……」
エルフ族が、恐る恐る答える。
「なら、あとは任せた」
「……え?」
「森の管理?
そんなの、お前たちがやればいいだろ」
完全な丸投げ。
そう言い残し、ハイエルフは再び怠惰な眠りへと戻った。
その視線が、ふと一つの存在を捉える。
ケルベロス。
ダークエルフと共にいた、三つ首の獣。
「……下等な生物だな」
その一言に。
森が、わずかに軋んだ。
天界。
統括が戻った瞬間、ウェスタのタブレットが赤く点滅した。
【警告】
【魔力循環異常】
【森林崩壊率:臨界点接近】
「……ああ」
統括は、ゆっくりと目を閉じた。
「ついに、来たか」
選択は、終わった。
そして。
森は――
もう、耐えられなくなっていた。




