第68話 分岐点 ハイエルフは終わる
「終わるでいい」
森は他にもある
ハイエルフの都は、静かだった。
いや――
正確には「何も起きていない」という意味での静けさだった。
高くそびえる世界樹。
その根元に広がる白い石造りの都。
魔力は満ち、空気は澄み、時間だけが無意味に流れている。
だがそこに、緊張も、危機感も、意思もなかった。
玉座に横たわるように座るハイエルフは、欠伸を噛み殺しながら統括を見下ろした。
「……で?
わざわざ来た理由は何だ?」
統括は黙っていた。
世界樹を一瞥し、都を包む魔力の流れを確認し、最後にハイエルフを見る。
「なあ」
「何だ」
「お前たち、森が死にかけてるの、分かってるか?」
ハイエルフは肩をすくめた。
「森はあるだろう。
世界樹も立っている。
問題ない」
「……」
統括は一歩前に出た。
「エルフとダークエルフが争ってるのは?」
「下の者の問題だ。
彼らは騒がしいからな」
「魔力の循環が壊れ始めてる」
「自然はそういうものだ。
放っておけば、また整う」
統括は、そこで一度だけ深く息を吸った。
「なあ、ハイエルフ」
「何だ、しつこいな」
「お前、怠惰が好きか?」
その問いに、ハイエルフは一瞬きょとんとした顔をし――
次の瞬間、心底当然のように答えた。
「大好きだが?」
迷いはなかった。
恥じらいも、疑問もなかった。
それを聞いた瞬間、統括の中で何かが――
完全に終わった。
「……そうか」
統括は静かにうなずき、世界樹へと歩み寄った。
「な、何をする?」
ハイエルフが訝しむ声を上げる。
統括は振り返らなかった。
「森はある、って言ったな」
「……ああ」
「別の森に行くんだろ?」
「当然だ。
我らは永遠だ。
この森が駄目になれば、次へ行くだけだ」
その言葉を聞いて、統括は――
拳を振り上げた。
「じゃあ、いらん」
次の瞬間。
轟音。
神力を一切隠さぬ一撃が、世界樹の幹に叩き込まれた。
世界が、揺れた。
「――――なっ!?」
ハイエルフの叫びが、遅れて響く。
世界樹は悲鳴を上げるように軋み、
巨大な幹に、明確な亀裂が走った。
魔力が噴き出し、光が乱れ、
数千年立ち続けた象徴が――
折れた。
「な、なんてことをするんだ!!」
ハイエルフは立ち上がり、声を荒げる。
「世界樹だぞ!?
我らの、森の――!」
「森じゃない」
統括は振り返り、冷たく言い放った。
「お前らの怠惰の拠り所だ」
「――――!!」
「守る気も、導く気もない。
ただ寄生して、吸い尽くして、
それでも平然と『次へ行く』だ?」
統括は拳を下ろしたまま、淡々と続ける。
「それを管理者って言うか?」
ハイエルフは言葉を失っていた。
その頃――
森の別の場所では、静かな“動き”が始まっていた。
エルフ族の前に立つアウローラとデーメーテール。
「ハイエルフを倒したい?」
突然の問いに、エルフたちはざわめいた。
「光の加護を与えるわ」
アウローラの声は優しかったが、逃げ場はなかった。
「選ぶのはあなたたちよ」
一方、闇に生きるダークエルフの前では、
エレブスとケルベロスが並び立っていた。
「闇の加護を与える」
低く、確かな声。
「ハイエルフは、動かない。
なら――動くのは誰だ?」
ダークエルフたちは、唾を飲み込む。
戦争を始めたのは彼らだった。
だが、終わらせる力を与えられたことは、一度もなかった。
そして――
世界は、分岐点に立った。
誰が怠惰を選び、
誰が未来を選ぶのか。
その答えは、
もうすぐ明らかになる。




