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脳筋消防士、死んだら神にスカウトされた  作者: antomopapa


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第65話 怠惰が生むもの



ハイエルフの里は、今日も静かだった。

風は穏やかに葉を揺らし、透き通る光が森の奥深くまで差し込む。

木々は千年を超えてなお瑞々しく、泉は枯れることを知らない。

それは――

完璧に整えられた停滞だった。

「……また争っているのか」

巨大な白樹の根元。

柔らかな寝台に横たわったハイエルフの長、アルシェルは、半眼で空を見上げながら呟いた。

彼の周囲には、果実酒、甘い果物、柔らかな布。

どれも下位エルフたちが、恭しく運び込んだものだ。

「はい……森の外縁で、エルフ族とダークエルフ族が」

報告に来た若いハイエルフは、言葉を選びながら続ける。

「被害が……増えております。魔力の乱れも……」

「そうか……」

アルシェルは、興味なさげに指を一度動かしただけだった。

「では、抑制結界を……」

「それはもう三度目です」

若者は、声を詰まらせる。

「その場しのぎでは、もはや――」

「うるさいな」

アルシェルは、ゆっくりと身を起こした。

その美貌は完璧で、老いの影一つない。

だが、その瞳には――疲労ではなく、倦怠があった。

「争いは、下位の者たちが勝手にやっていることだ」

「彼らは、我らを“神”として――」

「だから何だ」

ぴたりと、空気が凍る。

「寿命三千年だぞ?

 彼らは六百年、七百年で死ぬ。

 少し暴れたところで、どうせ消える」

若者は、何も言えなかった。

「我らは森そのものだ。

 動く必要など、ない」

アルシェルは再び寝台に身を沈める。

「……下がれ」

命令は、それだけだった。


一方、森の外縁。

折れた樹、焼け焦げた地面、散乱する血。

エルフとダークエルフは、互いを睨み合っていた。

「ハイエルフ様は何もしてくれない!」

「だから俺たちが、次の座に就くしかない!」

彼らの争いは、もはや信仰ではない。

空白を奪い合う戦争だった。

頂点が動かぬ以上、下は暴れるしかない。

「……なぜ、あのお方は……」

倒れた仲間を抱え、エルフの女が涙を流す。

だが、その問いに答える者はいない。


その夜。

ハイエルフの里の奥で、魔力が静かに、しかし確実に歪み始めていた。

森が持つ本来の循環が、止まりつつある。

調整されるはずの魔力が、滞留し、淀み、膨張する。

「……少し、暑いな」

アルシェルは、そう呟いただけだった。

それが――

怠惰が生み出した、最初の異変であることを、

まだ誰も理解していなかった。

森は、生きている。

そして、生き物は――

放置すれば、必ず歪む。

頂点が動かぬ世界で、

歯車は、音もなく軋み始めていた。



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