第64話 動かぬ頂点
エルフの森、その最奥。
世界樹の根が絡み合うように広がる、白く静かな宮殿。
そこが――ハイエルフの住まう場所だった。
玉座は高く、だが埃一つない。
磨かれているのではない。
誰も触れないから、汚れないのだ。
その玉座に、ハイエルフの王――
いや、“王と呼ばれている存在”は、だらしなく身を預けていた。
長い銀髪は無造作に垂れ、
透き通るような肌に、気怠げな黄金の瞳。
「……争い? また?」
彼は欠伸混じりに言った。
玉座の下で、数名のハイエルフが膝をつく。
だがその姿に、緊張も敬意もない。
「はい。
エルフ族とダークエルフ族の衝突が激化しています」
「ふぅん……」
興味がなさそうに、王は指先を揺らす。
「放っておけばいいじゃない。
どうせ百年もすれば、勝手に静まるでしょ」
「ですが……死者が――」
「寿命、短いんだし。
それも含めて“生”ってやつじゃない?」
冷たい言葉。
だがハイエルフたちは、誰一人反論しなかった。
彼らは知っている。
――この存在は、動かない。
3000年という寿命。
圧倒的な魔力量。
エルフ族すべてが崇め、ダークエルフすら畏怖する頂点。
だが同時に――
何もしない頂点でもあった。
「そもそもさ」
王は身体を横に倒し、頬杖をつく。
「管理とか統治とか、面倒なんだよね。
争う元気があるなら、好きにやれば?」
その言葉に、沈黙が落ちる。
沈黙の中、ようやく一人のハイエルフが声を絞り出した。
「……王よ。
このままでは、森の魔力循環が崩れます」
「へぇ」
「魔力暴走の兆候も……」
「それってさ」
王は目を細め、少しだけ笑った。
「面白くなるってこと?」
その一言で、全てが終わった。
忠告は却下。
進言は無意味。
頂点は、今日も動かない。
一方、その“動かぬ頂点”を神のように崇めるエルフ族。
彼らは王の無関心を、崇高な沈黙と解釈していた。
「王は我らを見守っておられる」
「高みにある者は、些事に関わらぬのだ」
「選ばれるのは、次の頂点に相応しい者だけ」
そして――
その“次の座”を巡って。
エルフ族とダークエルフ族は、
互いに刃を向けるようになっていた。
「ハイエルフの後継は、我ら正統エルフだ!」
「笑わせるな。
森の闇を抱く我らこそ、真の管理者だ!」
戦いは、理念ではない。
承認欲求と焦燥が火種だった。
頂点が動かないからこそ、
下が勝手に動き出す。
均衡は、静かに、しかし確実に崩れていった。
そのすべてを。
天界のどこかで――
まだ誰も、気づいていなかった。
いや、正確には。
気づいている者はいた。
ただし彼は、まだ筋トレ中だった。




