第62話 怠惰なる森の主たち
エルフの森――
世界樹を中心に広がる、緑と魔力に満ちた大森林。
その最奥。
外界から隔絶されたような、静かすぎるほど静かな空間に、
ハイエルフの住処はあった。
白い大理石のような床。
風がなくとも揺れる光のカーテン。
空気そのものが魔力を帯び、呼吸するだけで力が満ちる場所。
そこに――
彼らは、だらけていた。
「……まだ争っているのか」
玉座のような寝椅子に横たわったハイエルフの一人が、
面倒くさそうに呟いた。
その指先には、葡萄酒。
もう片方の手には、果実。
「エルフ族とダークエルフ族が、だろう?」
「次の座を巡って、ってやつだな」
「ふぅ……若い種族は元気でいい」
誰一人として、立ち上がろうとしない。
彼らはハイエルフ。
寿命は三千年を超え、
魔力は他のエルフ族とは次元が違う。
争いを止めることなど、造作もない。
だが――
やらない。
「だって面倒だろう?」
「勝手にやらせておけばいい」
「どうせ森は滅びない」
そう言って、また寝返りを打つ。
彼らにとって、
エルフ族もダークエルフ族も、
「管理対象」であって「同族」ではない。
守る理由はある。
だが、動く理由がない。
それが、彼らの結論だった。
「それにしても……最近、魔力の流れが不安定だな」
一人がぽつりと呟く。
「暴走してる森域もあるらしい」
「……まあ、自然の揺らぎだろ」
「放っておけ」
本当は分かっている。
この森は、管理を必要としていることを。
だが彼らは――
働くことが、嫌いだった。
一方その頃。
森の中層部では、
エルフ族とダークエルフ族の小競り合いが、
すでに「戦争」と呼べる規模へと膨らんでいた。
「ハイエルフは何をしている!」
「我らを導くべき存在だろう!」
「期待するから裏切られるんだ!」
怒号と魔法が交錯する。
どちらの種族も、
ハイエルフの力を知っているからこそ、
その沈黙に苛立っていた。
「動かないなら――
次の座は、我々が奪う!」
そうして争いは、
森を、魔力を、命を削っていく。
だが最奥では。
「……うるさいな」
「争いの音が響いてくる」
「結界、強めるか?」
「うん、それでいい」
ハイエルフたちは、
自分たちの居場所だけを守り、
再び目を閉じた。
森がどうなろうと。
下位種族が滅びようと。
自分たちが困らなければ、それでいい。
それが――
怠惰なる森の主たちの、選択だった。
そしてこの歪みが、
やがて――
思いもよらぬ「管理者」を呼び寄せることになる。
だがそれは、
まだ少し先の話である。




