第4章 怠惰なる森編 第61話 ドワーフ事件後、今日も平和な天界
ドワーフ王国ダンジョン事件が一段落し、
統括の管理ポイントは三万を大きく超えて回復していた。
天界は今日も平和である。
――少なくとも、表面上は。
「ふぅ……」
筋トレ終わりに汗を拭きながら、統括は大きく息を吐いた。
上半身は相変わらずタンクトップ一枚。
肩から腕にかけての筋肉が、張り付いた汗に光っている。
「やっぱ事件後は筋トレが捗るな」
「……意味が分かりません」
隣でタブレットを操作していたウェスタが、呆れたように言う。
「精神的な区切りって大事なんだよ」
「筋肉で区切るものではありません」
そんな他愛のないやり取りの最中だった。
統括の視線が、ふと窓の外に落ちる。
「……ん?」
そこにいたのは、一匹の犬だった。
痩せ細った、灰色の毛並み。
肋骨が浮き、足取りもおぼつかない。
どう見ても――下界の捨て犬だ。
「……どうしたの?」
「ちょっと行って来る」
「え?」
転移したのは小さな町のはずれ
「どうした?」
神々は犬の言葉も理解できる。
統括がしゃがみこむと、犬は震えながら口を開いた。
「……飼い主が、いじめるから……逃げてきた」
「……」
「お腹すいて……もう、死んじゃいそうで……」
その言葉に、統括は一瞬だけ目を伏せた。
「……そうか」
次の瞬間、あっさりと言う。
「じゃあ、家来るか?」
「……え?」
「天界だけど」
「……うん!」
即答だった。
「――ちょっと待ってください統括!」
ウェスタが慌てて声を上げる。
「下界の生物を天界に連れてくるのは……!」
「問題あったか?」
「……規則的には、グレーです」
「じゃあセーフだな」
「そういう判断はやめてください!」
そんなやり取りをよそに、犬は統括の足元にぴったりと寄り添った。
「……名前、どうする?」
「名前?」
「犬には名前が必要だ」
少し考えたあと、統括は懐かしそうに笑った。
「昔、飼ってた犬が三匹いてな」
その言葉に、アウローラが口を挟む。
「えー、絶対安直なやつでしょ」
「安直だぞ」
統括は胸を張った。
「ポチ、クロ、ハナだ」
「安直~」
アウローラが即座に言う。
「それな!」
デーメーテールも間髪入れず同意した。
「……まあ、いいだろ」
統括は気にしない。
「今日からお前は、ポチ……いや」
犬がきょとんと見上げる。
「三つ首だからな。
ポチ、クロ、ハナだ」
「わかった!」
三つの声が、重なって返ってきた。
その瞬間だった。
犬――否、三つ首の犬の身体から、淡い神光が溢れ出す。
「……あ?」
毛並みが変わり、体躯が引き締まり、
三つの首がはっきりと分かたれる。
天界の空気が、わずかに震えた。
「……統括」
ウェスタが、静かにタブレットを見る。
「筋トレの影響……では、ありませんよね?」
「さすがにな」
統括も眉をひそめる。
だが、その変化はそれ以上進まなかった。
三つ首の犬は、しっぽをぶんぶん振りながら言う。
「お腹いっぱい!」
「寝床ある?」
「鍛えていい?」
「……最後のいるか?」
統括は苦笑した。
「わ~カッコイイ
僕が育ててもいい?」
勢いよく手を挙げたのは、エレブスだった。
「……エレブス?」
「この子、絶対いい子です!
ちゃんと鍛えて、ちゃんと管理します!」
「……管理?」
統括は少し考え――頷いた。
「まあ、いいか」
「やった!」
エレブスは三つ首の犬に抱きついた。
「今日から一緒だよ!」
「わかった!」
「燃やさない!」
「回復する!」
「楽しそうだな」
統括が微笑む。
この日の天界は、
本当に、ただ平和だった。




