閑話11 後日談 魔王、再び迷走する
魔王城・修練場。
かつて筋肉の神殿とまで言われたこの場所で、今――
異変が起きていた。
「……」
鎧もマントも脱ぎ捨て、
珍しくタンクトップすら着ていない魔王ゼノスが、静かに魔法陣を見つめている。
「……魔法だ」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟く。
あの日。
統括に連れられ、突然現れた“娘”――ヘルメース。
青い肌、二本の角、面積の少ない服。
そして、軽いノリで「こんにちは~」と笑ったあの瞬間。
(……雷に打たれたようだった)
結果は惨敗。
告白即振られ。
しかも、よりにもよって相手は――
創造神の娘。
「……だが」
ゼノスは、拳を握る。
「まだ、終わってはいない」
彼は思い出す。
ヘルメースが口にした言葉。
『魔法、楽しいよ?』
(そうだ……彼女は魔法の神)
(ならば――)
ゼノスは、決意した。
「筋肉だけでは……ダメなのだ」
その日から、魔王は変わった。
数日後。
魔王城に、奇妙な光景が広がる。
タンクトップを脱ぎ捨て、
代わりにローブを羽織った魔王が、
真剣な顔で魔導書を読みふけっていた。
「魔力循環……符式……属性制御……」
部下たちは遠巻きに囁く。
「……魔王様、どうしたんだ?」
「筋トレしない魔王様なんて……」
「世界、終わる?」
「黙れ」
ゼノスは低く言った。
「これは……愛のためだ」
その日から、彼は魔法の修練に没頭した。
失敗して爆発。
失敗して感電。
失敗して城の一部が消し飛ぶ。
それでも諦めない。
(ヘルメースたん……!)
――そう、呼び方も進化(?)していた。
そして、ある日。
天界。
「……なあ」
統括が、筋トレ後に汗を拭きながら呟く。
「最近、魔王から変な魔力波動感じないか?」
「感じますね」
ウェスタが即答する。
「魔法の練習してますよ、あれ」
「……あいつ、何目指してるんだ」
その瞬間。
空間が歪み、魔王ゼノスが現れた。
「統括!」
「うわっ、いきなり来るな!」
ゼノスは、キラキラした目で言った。
「聞いてくれ!
私はついに、上級魔法を会得した!」
「へぇ」
「これもすべて――
ヘルメースたんのためだ!」
「……」
統括の額に、青筋が浮かぶ。
「……ゼノス」
「何だ?」
「お前、呼び方」
「たん?」
次の瞬間。
――デコピン。
ゴンッ!!
「ぐあっ!?」
魔王の意識が、白く飛ぶ。
床に崩れ落ちながら、薄れゆく意識の中で――
ゼノスは聞いた。
「……たん呼び、普通にキモい」
「……っ!?」
とどめだった。
しばらくして。
気を失った魔王を見下ろしながら、統括はため息をつく。
「まったく……」
そして、ぽつりと。
「筋トレを怠るから、こうなるんだ」
その言葉を最後に、統括は去っていった。
残された魔王ゼノスは、床に転がりながら小さく呟く。
「……次は……
筋肉と……魔法の……両立を……」
――懲りていない。
こうして。
女運がなく、神にばかり恋をする魔王の迷走は、
今日もまた、平和に続いていくのだった。




