閑話10 魔王の恋、再び
ある日のこと。
魔王国・王城の正門前に、見慣れた気配が降り立った。
「よう、ゼノス。久しぶり」
「……創造神か」
黒のタンクトップ姿で腕を組んでいた魔王ゼノスは、ため息混じりに振り返る。
「急に来るなと言っておろう。城の者が毎回慌てる」
「はは、相変わらずだな」
統括は気にした様子もなく笑い、後ろを振り返った。
「紹介する。俺の娘のヘルメースだ」
「こんにちは~♡」
軽く手を振る少女神。
青い肌に、わずかにカールした二本の角。
露出多め――というより、面積が仕事を放棄している服。
ぱっちりした瞳で、にこりと微笑む。
「……娘?」
ゼノスは、固まった。
(――娘?
……いや、待て。
創造神の“娘”……?)
思考が追いつかない。
だが、魔王の視線は正直だった。
角。
肌。
雰囲気。
なにより、その生命力の塊みたいな存在感。
――雷が落ちた。
「…………」
無言のまま、ゼノスは一歩、前に出た。
「……お父様」
「ん?」
「娘さんを、僕に下さい!!」
即座だった。
間も、ためも、覚悟もない。
統括が目を瞬かせる。
「……は?」
「待て! 父親として聞こう!」
「いや、今その段階じゃないだろ!」
ヘルメースは一瞬きょとんとし、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「えっ、私!?」
(食いついた!)
統括の背後で、何かを察した気配が走る。
「いや、違う違う!」
ゼノスは慌てて姿勢を正す。
「私はその……
ええと……
神々にばかり恋してきた男でして……!」
「それ自慢じゃないからな?」
統括が即座に突っ込む。
「だが! しかし!
この方を見た瞬間、心が……!」
「雷に打たれた?」
「打たれた!」
即答だった。
ヘルメースは、口元に指を当てて首をかしげる。
「えっと~……
でも私、パパの子供を産みたいから」
「…………」
ゼノスの世界が、音を立てて崩れた。
「……はい?」
「え?」
「……え?」
魔王、創造神、少女神。
三者三様に固まる。
「だから~」
ヘルメースは屈託なく言った。
「パパの子供を産むの♡
外堀から埋めようと思って、今日は友達作りに来たの」
「外堀!?」
ゼノスは頭を抱えた。
(外堀……?
埋める……?
私……堀だったのか……?)
「というわけで」
統括が咳払いをする。
「娘はやらん」
はっきり言った。
「……ですよね」
ゼノスは膝をついた。
「分かっておりました……
ええ、分かっておりましたとも……」
遠い目で天井を見る。
「私は昔から……
神にばかり恋をし……
そしていつも……」
小さく呟く。
「振られてきた」
ヘルメースは一瞬だけ同情した顔をしたが、すぐに切り替えた。
「でも魔王さん、いい人そうですね!」
「筋肉もすごいし!」
「筋肉は評価するな」
統括がぼそっと言う。
ゼノスは、ゆっくり立ち上がった。
「……創造神よ」
「ん?」
「娘さんは、素晴らしい」
「そうだろ」
「だが――」
ゼノスは、静かに微笑んだ。
「私は、また一つ学びました」
「何を?」
「恋は、挑んだ者だけが砕けるということを」
「名言っぽく言うな」
ヘルメースは、ちょっとだけ申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい……?」
「いや、いい」
ゼノスは首を振る。
「私は、今日も生きている」
「強いな」
「強くならねば、魔王は務まらぬ」
そう言って、ゼノスは笑った。
――女運のない魔王。
そして、なぜか神にばかり恋をする魔王。
この日もまた、
彼の恋は、静かに、しかし盛大に――
始まる前に終わったのだった。




