閑話09 勇者セインの最後
小さな家だった。
冒険者として名を馳せ、
世界を救った勇者が最後に選んだ住まいは、
町外れの、静かな一軒家。
その寝室に、セインはいた。
年老いた身体は細く、
かつて剣を振るった腕も、今は毛布の上で静かに休んでいる。
それでも――
その眼だけは、まだ澄んでいた。
「……来たか」
戸口に立つ二人を見て、セインは微笑う。
一人は、黒のタンクトップに身を包んだ魔王ゼノス。
もう一人は、いつもと変わらぬ軽い調子の統括。
「よぉ、勇者。相変わらずいい顔してるな」
「はは……最後だって言ったの、やっぱり本当だったんですね」
セインの声は弱いが、冗談めいていた。
「最後だって言うなよ。
ただの“区切り”だ」
統括はそう言って、椅子を引き寄せる。
ゼノスは何も言わず、
ベッドの横に立ったまま、腕を組んでいた。
「……ゼノス」
セインが声をかける。
「なんだ」
「こうして並んでると、不思議ですね。
昔は、殺し合うほど憎んでたのに」
「……ああ」
ゼノスは視線を逸らした。
「ゼノス、友を失うのはつらいな」
その言葉は、魔王の胸に静かに刺さった。
「……ああ」
短い返事。
それだけで十分だった。
セインはゆっくりと息を整える。
「俺は……いい人生でしたよ」
「冒険者ギルドも、
ダンジョンも、
世界も……」
「全部、ちゃんと続いてる」
統括は、軽く笑った。
「そりゃそうだ。
お前が整えたんだからな」
「……ありがとう」
セインは、天井を見つめる。
「神様に感謝するのは、
なんだか負けた気がしてたけど……」
「今日は、言っておきます」
ゆっくりと、目を閉じる。
その瞬間――
「……来ました」
静かに、声がした。
円卓の下から出てきた、闇の神エレブス。
その瞳は、今、セインの胸元を見つめている。
「こんな奇麗な魂、見たことないですよ」
統括は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
「はい」
エレブスは微笑う。
「ちゃんと磨かれて、
ちゃんと使われて……」
「このスキルの実も、
きっと誰かに引き継がれます」
セインの口元が、わずかに動いた。
「……それなら、安心だ」
最後の息が、静かに抜ける。
その場に、言葉はなかった。
魔王と創造神、
二人に見守られながら、
勇者セインは旅立った。
外では、穏やかな風が吹いていた。
世界は、今日も続いている。
それは――
確かに、彼が守った世界だった。




