第59話 裁きではなく、選択へ
沈黙が、ダンジョン前に降りた。
剣を落とした音だけが、やけに大きく響いた気がした。
鍛冶ギルドマスター・バルガンは、項垂れたまま動かない。
その背中は、つい先ほどまでの傲慢さが嘘のように小さく見えた。
だが――
統括は、すぐに裁きを下さなかった。
怒鳴りもせず、断罪もせず、
ただ一歩、前に出る。
「バルガン」
その声は、静かだった。
「ここまで来て、俺が“罰”を与えると思っているなら……それは違う」
バルガンの肩が、わずかに揺れる。
「神はな」
統括は続けた。
「世界を“正しく”する存在じゃない」
「示すだけだ。
選択肢を置く。
その先を選ぶのは――人だ」
王と近衛兵、冒険者ギルドの面々、鍛冶師たち。
全員が息を詰め、耳を傾けていた。
「だからこれは、裁きじゃない」
統括は、はっきりと言い切った。
「選択だ」
バルガンは、ゆっくりと顔を上げる。
「……選択?」
「そうだ」
統括は指を一本立てた。
「一つ目。
お前は鍛冶ギルドマスターを降りる」
ざわめきが走る。
「ダンジョンに与えた損害、
冒険者への危険、
王国経済への悪影響――
責任は、重い」
「だが」
統括は、そこで言葉を切った。
「追放はしない」
バルガンの目が、わずかに見開かれる。
「鍛冶師としての腕まで否定する気はない。
名も地位も捨て、
一人の鍛冶師として――最初から、やり直せ」
統括は、もう一本指を立てた。
「二つ目。
もし、それが嫌なら」
その場の空気が、張り詰める。
「ダンジョンから完全に手を引け。
二度と関わるな。
王国からの保護も、信用も、すべて失う」
重い選択だった。
だが、それは“生きる道”が残された選択でもある。
バルガンは、長い沈黙の末、声を絞り出した。
「……わしは」
唇が震える。
「……剣を、打ちたい」
その一言に、テレスの胸がわずかに跳ねた。
「もう一度……
数じゃなく、一本一本を……」
バルガンは、地面に膝をつく。
「……やり直させてくれ」
統括は、しばらく何も言わなかった。
そして、短く頷く。
「それが、お前の選択だな」
「……はい」
「なら、いい」
その瞬間、張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
統括は、今度はテレスに視線を向ける。
「テレス」
「……はい」
テレスは、背筋を伸ばす。
「お前のダンジョンは、壊されかけた」
胸が、きゅっと締め付けられる。
「だがな」
統括は、穏やかに続けた。
「間違っていたのは、設計じゃない」
テレスの目が、揺れる。
「お前は、ちゃんと“未来”を考えていた」
「品質が上がれば、資源は足りる」
「守る設計だった」
その言葉に、テレスの喉が熱くなる。
「……ありがとう、ございます」
「泣くな」
統括は、少しだけ笑った。
「神が泣くのは、全部終わってからだ」
王が、一歩前に出る。
「創造神よ。
この件、王国としても重く受け止める」
「鍛冶ギルドの体制は見直す。
ダンジョン管理も、改めて共同で――」
「それでいい」
統括は、短く答えた。
「世界は、失敗する」
「だから、立て直す」
それだけだ、と。
やがて、人々は散り始めた。
事件は終わりを迎え、次の課題へと移っていく。
その中で、テレスは一人、ダンジョンを見つめていた。
崩れかけた歯車。
噛み合わなくなった理想。
流した涙。
――全部、無駄じゃなかった。
そしてテレスは、胸の奥で確かに感じていた。
歯車が――
ようやく、正しい音を立てて回り始めたことを。




