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脳筋消防士、死んだら神にスカウトされた  作者: antomopapa


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第58話 品質と欲



 ダンジョン前。

 空気が、張り詰めていた。

 地面に突き刺さった二本の金属棒。

 一つは、すでに切断されたアダマンタイト。

 もう一つは、これから切られるはずの――切られると、誰もが信じて疑わなかったアダマンタイト。

 その前に立つのは、鍛冶ギルドマスター・バルガン。

 分厚い胸板。

 鍛え上げられた腕。

 長年、ドワーフ王国の鍛冶を支え、名声と富を築いてきた男。

 だが今、その顔に浮かんでいるのは、職人の静かな誇りではなかった。

 あるのは――期待。

 焦り。

 そして、隠しきれない欲望。

「……よし」

 バルガンは唾を飲み込み、剣を強く握る。

 その剣は、アダマンタイト製。

 一週間をかけ、火の神ウェスタ、水の神ウェヌスの補助を受けて鍛え上げた。

 素材、環境、魔力、工程。

 すべてが揃っていた。

「出来ておる……最高の剣じゃ」

 自分に言い聞かせるように呟き、バルガンは剣を勇者セインに差し出した。

「では、切ってみるがいい」

 統括の声は、淡々としていた。

 感情を乗せず、ただ事実だけを見つめる声。

 セインは剣を受け取り、一歩前に出る。

 老いた身体。

 だが、その背筋は真っ直ぐだった。

 深く息を吸い――

 大きく振りかぶり。

 振り下ろした。

 ――ガキィンッ!!

 鋭い金属音が、ダンジョン前に響き渡る。

 次の瞬間。

 真っ二つになっていたのは――剣だった。

 アダマンタイトの棒は、びくともしない。

 傷一つ、ついていない。

「……な」

 バルガンの口から、声にならない声が漏れる。

「な、なぜだ……!?」

 視線が、折れた剣と棒を何度も往復する。

「儂が……神の力まで借りて作った剣だぞ……!?」

 叫ぶように言い、バルガンはセインを指差した。

「そ、そうじゃ! 勇者セイン!

 お主が手加減をしたのだろう!

 神に与して、わしを貶めるために!」

 一瞬、場がざわつく。

 だが、次の瞬間。

 セインの声が、低く響いた。

「……俺は、冒険者ギルドのギルドマスターだ」

 静かだが、芯のある声。

「公平さを誇りとするギルドの長が、

 ここで手加減をすると思うのか?」

 その言葉に、バルガンは言葉を失った。

 誰もが知っている。

 勇者セインが、どんな男かを。

 沈黙。

 その中で、セインがぽつりと呟く。

「俺の出番は……ここまでですね」

 その言葉に、統括が一歩前に出た。

「当然だ」

「な、何が当然じゃ!」

 バルガンが叫ぶ。

「神二柱の助力を得て!

 アダマンタイトを使い!

 最高の剣を作ったはずじゃ!」

 統括は、バルガンをまっすぐ見つめた。

 怒りはない。

 ただ、逃げ場のない視線。

「――お前は、何を鍛えた?」

「……は?」

「素材か?

 火力か?

 工程か?」

 統括は、静かに首を振る。

「違う」

 一拍置いて、告げる。

「お前が鍛えたのは――数だ」

 バルガンの顔が、歪む。

「数を出すために、時間を削った。

 品質より、効率を優先した。

 神が関われば、どうにかなると――甘えた」

「そ、そんなことは……!」

「ある」

 即答だった。

「証拠がある」

 統括は、セインを見る。

「セイン」

「はい」

「その剣を、もう一度見せてくれ」

 セインは腰の剣を抜いた。

 ――ミスリルの剣。

 半世紀前。

 勇者として旅立った日に渡された一本。

 刃こぼれはほとんどない。

 だが、何度も研がれ、使われ、育てられてきた痕跡がそこにあった。

「……これが、アダマンタイトを切った剣だ」

 ざわめきが広がる。

「ミ、ミスリルじゃと……!?」

「しかも……五十年前の剣……?」

 統括は続ける。

「素材は、アダマンタイト以下だ」

 だが、と言葉を繋ぐ。

「この剣は――育てられている」

 セインが苦笑する。

「手入れだけは、欠かさなかったからな」

「そうだ」

 統括は頷く。

「良いものは、長く使える。

 良い剣は、使われて、強くなる」

 そして、バルガンを見据えた。

「だが、お前はどうだ?」

「……」

「大量生産。

 大量消費。

 壊れたら、また掘ればいい」

 声が、わずかに低くなる。

「その考えが――ダンジョンを壊した」

 バルガンは歯を食いしばる。

「だが……鉱石が足りなければ……!」

 その時。

 一歩前に出たのは、テレスだった。

 小さく震えながら。

 だが、逃げない。

「……違います」

「テレス……?」

「品質が上がれば……

 必要な鉱石は、減ります」

 涙をこらえながら、続ける。

「一つ一つを、大切にすれば……

 今のダンジョンでも、十分に回ります」

 拳を握る。

「……それを考えるのが、鍛冶師じゃないんですか」

 その言葉は、静かで、重かった。

 バルガンの肩が、わずかに落ちる。

 統括が、最後に告げる。

「ダンジョンからの搾取は、神への甘えだ」

「神は、無限の資源じゃない」

「示すだけだ。

 育てるのは――人の役目だ」

 沈黙。

 やがて、バルガンは剣を地面に落とした。

 ――カラン。

「……わしは」

 震える声。

「……数に、逃げておった」

 その背中は、急に小さく見えた。

 テレスは、その姿を見つめながら、胸の奥で静かに誓う。

(……次は、守る)

(品質も、ダンジョンも……誇りも)

 歯車は、まだ完全には戻らない。

 だが。

 確かに――

 一つ、正しい位置へ戻り始めていた。



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