第56話 暴走
ドワーフ王国・王都地下。
鍛冶ギルド本部、その最奥。
分厚い岩壁に囲まれた会議室で、
一人のドワーフが、拳を震わせていた。
「……馬鹿な話だ」
低く、押し殺した声。
鍛冶ギルドマスター――
ドワーフ王国でも指折りの鍛冶師であり、
同時に、巨大な利権を束ねる男。
「ダンジョンが“制限”だと?」
机の上に叩きつけられたのは、
ダンジョン管理報告書。
・採掘量制限
・進入階層制限
・魔物調整による作業時間短縮不可
「ふざけるな……!」
ガン、と拳が机を叩く。
「この国は、誰のおかげで成り立っていると思っている!」
ダンジョンができてから、
鍛冶ギルドは爆発的に潤った。
鉱石は安定供給され、
武器・防具の品質は跳ね上がり、
各国からの注文は増え続けた。
――だが。
「足りん」
マスターの目は、もはや利益を見ていなかった。
「もっと掘れるはずだ」
「もっと出るはずだ」
「なぜ、止められる?」
彼にとってダンジョンは、
神の恩恵ではない。
「資源」だ。
「……神だと?」
吐き捨てるように呟く。
「見えもしない存在が、
数字一つで俺たちの未来を縛るだと?」
部下のドワーフが、恐る恐る口を開く。
「マスター……これ以上は危険です。
最近、魔物の挙動もおかしい。
通路の歪みも――」
「黙れ」
一言で遮る。
「それは“偶然”だ」
「制御が甘いだけだ」
マスターは立ち上がり、
壁際の魔導装置へと歩いた。
それは本来、
ダンジョンコアと連動する補助端末。
正規の操作では、
閲覧と軽微な調整しかできない。
――はずだった。
「……やはりな」
彼は、歪んだ笑みを浮かべる。
「完全には閉じていない」
数ヶ月前から、
マスターは独自に魔導師を雇い、
この端末を“研究”させていた。
「制限を超えるには、
制限を知らねばならん」
指が、震えながらも操作盤に触れる。
「俺たちは、
ただ“便利に使っているだけ”だ」
魔力が流れる。
端末が、嫌な音を立てて唸った。
――その瞬間。
ダンジョン内部。
第七階層。
鉱脈付近で作業していた採掘班が、
同時に顔を上げた。
「……おい」
「今の、何だ?」
空気が、重い。
魔物の気配が、
濃く、荒くなる。
本来なら統制された行動を取るはずの魔物が、
明らかに“苛立っている”。
「撤退だ!」
叫ぶ間もなく、
通路の奥から――
「ギャアアア!」
通常より大型の魔物が、
壁を破って現れた。
想定外。
完全な想定外。
地上では、
ダンジョン管理官が異変を感知する。
「魔力波形が……跳ね上がってる!」
「制御値を超えてるぞ!」
だが。
管理端末は、反応しない。
「コアが……応答しない!?」
天界。
テレスの前に、
タブレットの警告が次々と浮かび上がる。
【警告】
【ダンジョンコア負荷上昇】
【制御命令に対する遅延】
【外部干渉の可能性】
「……っ!」
テレスの顔から、血の気が引いた。
(違う……)
(これは、自然なズレじゃない)
誰かが――
触った。
天界の円卓でも、
重苦しい空気が落ちる。
「……一線、越えたわね」
ウェスタが、低く言う。
統括は、タブレットを見つめたまま、
静かに息を吐いた。
「……ああ」
その声には、
いつもの軽さはなかった。
「これは“事故”じゃない」
「“意図”だ」
下界では――
鍛冶ギルドマスターが、
端末の前で、荒い息を吐いていた。
「……止まらん?」
端末は赤く点滅している。
「おい、どうなってる!」
部下が叫ぶ。
「魔物が暴走してます!
採掘班が――!」
「うるさい!」
マスターは叫び返す。
「少し、動いただけだ!
すぐに落ち着く!」
だが。
ダンジョンは、応えなかった。
制御を外された“秩序”は、
均衡を失い、
力を求めて暴れ始める。
――そして、この瞬間。
鍛冶ギルドマスターは、
気づいてしまった。
「あ……」
自分が今、
何をしてしまったのかを。
だがもう、遅い。
歯車は、
完全に噛み合わなくなった。
これはもう、
“管理の問題”ではない。
神が作った場所に、
人が欲で手を突っ込んだ結果。
その代償は、
必ず――
誰かに降りかかる。
天界で、テレスは唇を噛みしめた。
(……こんな、やり方で)
(守るはずだったのに)
そして統括は、
ゆっくりと立ち上がる。
「……さて」
その目は、
冗談を言う時のものではなかった。
「そろそろ――
“まとめる役”の出番だな」
ドワーフ王国ダンジョン。
それは今、
崩壊の一歩手前に立っていた。
――ここから先は、
もう後戻りできない。




