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脳筋消防士、死んだら神にスカウトされた  作者: antomopapa


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第54話 こんなはずじゃなかった



天界。

いつもと変わらぬ、静かな窓辺。

土の神テレスは、今日も一人でそこに立っていた。

眼下に広がるのは、ドワーフ王国。

そして――その地下に広がる、彼が作ったダンジョン。

(……三か月)

神界の時間で、三か月。

下界では、三十年近い歳月が流れていた。

冒険者たちは入れ替わり、

少年だった者は老い、

老兵だった者は引退し、

新たな若者たちがダンジョンへと挑んでいく。

本来なら――

それは、テレスが思い描いた理想の光景だったはずだ。

安全に。

段階的に。

命を落とすことなく、経験を積み、

世界の底力を底上げするための場所。

「……なのに」

声は、震えていた。

ダンジョンは、確かに“成功”していた。

冒険者の平均レベルは上がり、

ドワーフ王国の経済は潤い、

鉱石は流通し、武具は強化され、

周辺国からも評価は高い。

――数字だけを見れば。

(でも……)

テレスの視線は、

タブレットに映る一つの記録に留まっていた。

【第七階層・事故報告】

【負傷者:重傷三名】

【原因:想定外の魔物変異】

「……また、か」

歯を食いしばる。

これは初めてではない。

ここ数十年、少しずつ、確実に増えている。

設計では起きないはずの事象。

発生しないはずの変異。

起こらないはずの連鎖。

(……設計通りなら)

テレスは、自分の手を見つめた。

大きな手。

昔から、嫌いだった自分の体。

でもこの手で――

この手で、丁寧に、慎重に、

世界の土台を支える仕事をしてきた。

だからこそ、分かる。

「……これは、事故じゃない」

誰かが、少しずつ、

“便利な方向”へ

“効率のいい方向”へ

ダンジョンを歪めている。

採掘量を増やすために。

希少鉱石を多く出すために。

危険度を上げ、報酬を吊り上げるために。

直接、手を入れているわけじゃない。

ダンジョンコアに“お願い”するだけ。

「ほんの少しでいい」

「今だけだ」

「問題は起きていない」

――そんな言葉が、積み重なった結果。

(……僕は、止められなかった)

顕現できない。

直接叱ることも、止めることもできない。

神は示すだけ。

見守るだけ。

それが、原初の神との約束。

だからテレスは、

タブレット越しに警告を出し、

設定を微調整し、

限界まで歪みを戻そうとした。

でも――

(追いつかない)

一つ修正すれば、別の場所で歪む。

均衡を保てば、別の誰かが不満を持つ。

ダンジョンは、

もはや“理想の教育装置”ではなくなりつつあった。

「……こんな、はずじゃ……」

声が、かすれる。

天界の静けさの中で、

テレスの肩が、小さく震えた。

思い出す。

父が、初めて仕事をくれた日のこと。

「お前に任せたい」

そう言われた時の、誇らしさ。

(……父さん)

統括は、何も言わない。

責めもしない。

ただ、全体を見て、淡々と指示を出す。

それが、余計につらかった。

(失敗しているのは、僕なのに)

誰かが欲を出した。

誰かがルールを破った。

それでも――

ダンジョンを作ったのは、自分だ。

管理しきれなかったのも、自分だ。

「……僕が、甘かった」

視界が滲む。

涙が、ぽつりと、床に落ちた。

「……こんなはずじゃなかった……」

声にならない声が、零れる。

冒険者が、命を落とさずに済む場所。

努力が、正しく報われる場所。

世界が、少しずつ強くなる場所。

そのはずだった。

なのに今、

誰かの欲が、

誰かの都合が、

その上に積み重なっている。

「……守れなかった……」

大きな体が、縮こまる。

天界の床に、

土の神は、膝をついた。

涙は、止まらなかった。

でも――

その涙が、無駄になることはない。

この夜、

テレスの流した涙は、

やがて“決断”へと変わる。

彼が、

ただの設計者ではなく、

“世界の土台を守る神”として

一歩、前に進むための――

静かな、痛みだった。

(……次は、絶対に)

誰にも聞こえない声で、

テレスは、そう誓った。

ダンジョンの歯車が、

完全に壊れてしまう前に。

――取り戻す。

それが、

土の神テレスの

本当の試練の始まりだということを、

彼自身も、まだ知らなかった。



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