第53話 欲の音
天界、円卓の上。
表示されたタブレットには、ドワーフ王国ダンジョン内部の詳細ログが流れていた。
採掘量。
魔物生成ログ。
ダンジョンコアへのアクセス履歴。
それらを、土の神テレスは黙って見つめている。
「……やっぱりだ」
小さく、しかし確信を含んだ声だった。
テレスの指先が震える。
表示されている数値は、すべて“許容範囲内”に見える。
だが、設計者である彼にだけ分かる違和感があった。
「一つ一つは、規定内です。でも……」
テレスは画面を切り替える。
「“同時発生”が多すぎる」
通路拡張と鉱脈露出。
魔物の密集と採掘ポイント増設。
偶然にしては、噛み合いすぎている。
「ダンジョンが“成長を促す場所”じゃなくて……
“掘らせる場所”に、寄せられてる」
ヘファイストスが、歯噛みする。
「……くそっ」
彼の拳が、円卓に当たった。
「それじゃあまるで、ダンジョンを鉱山扱いだ」
統括は、腕を組んだまま黙っている。
その表情は読めない。
「……鍛冶ギルドのマスターか」
低く、静かな声。
テレスの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
(違ってほしい)
ドワーフ王国を支えてきた存在だ。
技と誇りを重んじ、王国の発展に尽くしてきた――はずだった。
「まだ、断定はできません」
テレスは言う。
「でも……ダンジョンコアへの“指示内容”が、書き換えられてます」
「書き換え?」
ウェヌスが顔を上げた。
「完全な上書きじゃありません。
“補助命令”です」
テレスは続ける。
「『冒険者の安全を確保しつつ、採掘効率を最適化せよ』
……そういう、曖昧な命令」
アウラが眉をひそめる。
「それ、ズルくない?」
「ズルいです」
テレスは即答した。
「設計思想を歪めるには、十分すぎる」
円卓に、重たい沈黙が落ちる。
ダンジョンは神の示した“試練”だ。
だが、神は顕現しない。
人が、人の欲で触れれば――歪む。
「……父さん」
テレスは、恐る恐る統括を見る。
「これ、止めないと……もっと酷くなります」
統括は、ゆっくり頷いた。
「ああ」
だが、すぐに続ける。
「ただし――力で潰すのは、最後だ」
その言葉に、テレスは息を呑んだ。
「鍛冶ギルドは、王国の柱だ。
ここで神が直接介入すれば、“神に守られた特権”になる」
それは、世界の歪みだ。
「だから、やり方は選ぶ」
統括は、タブレットを操作する。
「まずは、“見せる”」
画面が切り替わり、下界の様子が映る。
ドワーフ王国、鍛冶ギルド本部。
重厚な石造りの建物の奥。
ギルドマスター・バルガンは、苛立ちを隠さずにいた。
「まだ足りん!」
机を叩く。
「このダンジョンは、神が作ったんだぞ!?
なら、もっと掘れるはずだ!」
部下たちが顔を見合わせる。
「ですが……最近、事故が増えてます」
「冒険者の怪我も……」
「黙れ!」
バルガンは怒鳴った。
「怪我? それがどうした!
掘らなければ、王国は衰える!」
彼の目は、もはや誇りではなく――焦りに満ちていた。
(他国は動き出している)
ダンジョンの噂は、世界に広がっている。
今、ここで資源を押さえなければ。
「……少し、命令を“調整”しただけだ」
誰にも聞こえない声で呟く。
「神だって、細かいところまでは見ていない」
天界。
その様子を見ていたテレスは、目を伏せた。
「……やっぱり」
胸が、痛む。
「テレス」
統括が声をかける。
「これは、お前の“試練”でもある」
テレスは、はっと顔を上げた。
「お前が作ったダンジョンだ。
だからこそ――どう守るか、考えろ」
逃げ場はない。
だが、突き放しでもない。
「力で壊すか。
理で戻すか。
それとも……別の道か」
テレスは、唇を噛みしめる。
(僕は……)
頭の中に浮かぶのは、冒険者たちの姿。
安全に、必死に、前へ進く人々。
(この場所は……奪うための場所じゃない)
テレスは、顔を上げた。
「……父さん」
「うん?」
「“設計者”として、できることがあります」
その目には、迷いと――決意が宿っていた。
「ダンジョンは、僕の言葉を聞く。
だから……“教えます”」
統括は、ふっと笑った。
「いい顔になったな」
だが、問題はまだ終わらない。
欲は、簡単には止まらない。
そして――歪んだ歯車は、すでに音を立てて回り始めていた。
次に起こるのは、事故か。
暴走か。
それとも――
テレスの選択が、世界の行方を左右する。
ドワーフ王国ダンジョン。
その深部で、静かに――
欲の音が、響き始めていた。




