第50話 後日談・教皇視点
「……信仰とは、何なのだろう」
教皇は書斎の椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ。
豪奢な装飾の向こうには、いつもと変わらぬ天井画。
だが――世界は、少しだけ変わってしまった。
きっかけは、あの一件だ。
やけに神格高い一般市民が、
タンクトップ姿で、
汗を流し、
真剣な顔で筋トレをしていた、あの日。
「ありえん……本当に、ありえん」
教皇は何度目かのため息をついた。
神とは、高潔で、崇高で、
遠く天上に在り、人の上に立つ存在であるべきだ。
少なくとも――
鉄アレイを持って「もう一回!」などと叫ぶ存在ではない。
だが。
「あれ以来……」
教皇は、机の上の報告書に目を落とした。
・参拝者数、増加
・寄付金、増加
・孤児院への支援物資、増加
・若者の定着率、上昇
「……なぜだ」
理由は、報告書の余白に書かれていた。
――神々が努力しているなら、自分も頑張ろうと思った
――神様も汗をかくんだなって思った
――筋肉って……尊い
「最後のは何だ」
教皇はこめかみを押さえた。
だが、事実として。
祈りは増え、
人々の顔は前よりも明るく、
教会の周囲には笑顔が増えていた。
説教の内容が変わったわけではない。
儀式が派手になったわけでもない。
変わったのは、
“神は努力している”という認識だけだった。
「……結果が、全てか」
教皇は静かに目を閉じる。
その脳裏に浮かんだのは、
ぶかぶかのタンクトップを着て、
拳を握りしめて叫ぶ少年の姿だった。
――これで父上よりも筋肉をつけるんだ!
「……まったく」
口ではそう言いながらも、
教皇の表情は、どこか柔らいでいた。
「信仰とは、畏れることではなく……
共に歩むこと、なのかもしれんな」
窓の外では、今日も鐘の音が鳴る。
祈る者も、
汗を流す者も、
それぞれの形で、前に進んでいる。
教皇は立ち上がり、鐘楼へ向かった。
「……世の中、わからんものだ」
そう呟きながら、
今日も変わらず、祈りの時間を告げる。
――そして。
この日からこの教会は、
**「筋肉教会」**と呼ばれるようになった、らしい。
教皇だけが、
最後まで納得していなかったことは、
まだ誰も知らない。




