第48話 公平という名の畑
許可は、きちんと取った。
円卓での会議。
ウェスタは腕を組み、
ウェヌスは資料を読み、
クロノスは目を細めて頷き、
アウローラは「面白そうじゃん」と言い、
ヘルメースは「今回は私いないよ?」と釘を刺し、
エレブスは静かに見ていた。
――正義君一号での下界訪問。
対象は、人間界冒険者ギルド。
その執務室で、ひとりの男が書類に向かっていた。
黒のタンクトップ。
年齢を感じさせない体躯。
だがその目は、現役を退いた者の落ち着きと、責任の重さを宿している。
「……久しぶりだな、セイン」
男は顔を上げ、目を見開いた。
「……あなたは」
「ただの通りすがりの神だよ」
冗談めかして言うと、セインは小さく笑った。
「なるほど。確かに、そんな気配ですね」
彼――勇者セイン。
魔王討伐後も剣を置かず、今はギルドマスターとして世界を支えている男だ。
「ギルドは世界で一番公平な組織だ」
俺はそう言った。
「力ある者が力を示し、
弱き者も努力すれば報われる。
少なくとも“なろうと思えばなれる場所”だ」
セインは静かに頷いた。
「ええ。だから私は、ここに残りました。
剣を振るうより、守るべきものが増えましたから」
「世界の平和のために、だな」
「はい。誓います」
その言葉に、嘘はなかった。
――だが。
「……正直に言うと」
セインは視線を落とす。
「ギルドの運営は、楽ではありません。
冒険者は増えましたが、保存食や装備の供給、
孤児や引退者の面倒も見なければならない」
「金が足りない?」
「はい。いつも、ぎりぎりです」
俺は立ち上がり、窓の外を見る。
「じゃあさ」
ギルド本部の横。
使われていない、ただの空き地。
「ここを、少し借りよう」
「……は?」
俺は地面に一粒の種――いや、苗を植えた。
「クロノス、よろしく~」
その瞬間。
空き地一面が、畑に変わった。
ざわり、と風が揺れ、
見たことのない実が次々と成る。
「こ、これは……?」
「大豆っていう豆だ」
俺は一本抜き取り、手の上で転がす。
「この近く、岩塩が取れるだろ?」
「ええ、古い塩鉱があります」
「この辺りの岩塩は
塩化マグネシウムを含んでるな
なら話は早い」
俺は続けた。
「これを加工すると、豆腐っていう食べ物になる。
さらに乾燥させれば、高野豆腐。
だいたい二か月は保存がきく」
セインは息を呑んだ。
「保存食……」
「冒険者には必須だろ?」
「はい……! これがあれば……!」
俺はにやりと笑う。
「売ればギルドも潤う。
孤児も引退者も養える」
そして、最後に付け足す。
「筋肉にもいいぞ」
「……それは重要ですね」
セインは真顔で頷いた。
俺は懐から紙束を取り出す。
「これは食の神デーメーテールから預かってきた」
「これは?」
「豆腐と高野豆腐の作り方だ。
調味の工夫も書いてある。
あの女神、料理だけは本気だからな」
セインは、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
これは、神々からの――」
「お節介だよ」
俺は肩をすくめる。
「ギルドを“公平だ”って認めた神たちの、な」
――その頃、天界。
「はて?」
クロノスが湯呑を傾ける。
「認めたかのぅ……?」
隣でデーメーテールが笑う。
「あれは押し切ったって言うんじゃない?」
誰も反論しなかった。
下界では、畑が風に揺れている。
公平という名の畑が、
静かに、確かに――世界を支え始めていた。




