閑話08 テレスのひとり言
僕は土の神テレス。
創造神である父と、風の神アウラとの間に生まれた。
生まれた時のことは、今でもはっきり覚えている。
神としての記憶が残るほど、あの瞬間は強烈だった。
僕は、生まれたその瞬間から大きかった。
母さんの身長と、ほとんど変わらないほどに。
産声を上げる前に、神界がざわついたのを覚えている。
僕を世話するはずだった天使たちは、固まったまま動かなかった。
困惑、驚愕、戸惑い――そんな感情が一斉に流れ込んできた。
「……で、でかい……」
誰かが、そう呟いた。
悪意のある言葉じゃない。ただの事実だ。
でも、その一言で、僕は理解してしまった。
――ああ、僕は“普通”じゃない。
父さんも母さんも、すぐに抱き上げてくれた。
父さんはいつものように大きな声で笑い、
母さんは少し困ったように、それでも優しく微笑んでいた。
「元気な子だな!」
「ふふ、ちょっと……いえ、かなり大きいけどね」
二人とも優しかった。
優しすぎるほどに。
だからこそ、僕は余計に分かってしまった。
僕の存在が、周囲を戸惑わせていることを。
それから僕は、部屋に籠もるようになった。
神界には広い空があり、円卓があり、皆が集まる場所がある。
でも、そこに行くと必ず視線を感じた。
驚き、興味、時には畏怖。
悪い視線じゃない。
それが、余計に辛かった。
部屋にいれば、誰にも見られない。
仕事だけしていれば、それでいい。
そう思うようになった。
幸い、僕は仕事が得意だった。
土を操ること、構造を考えること、形を作ること。
それらは考えれば考えるほど楽しくて、没頭できた。
だから、部屋にいる理由を作るのは簡単だった。
「仕事があるから」
それは、嘘じゃなかった。
父さんも母さんも、何も言わなかった。
無理に引きずり出すこともしなかった。
僕の選択を、尊重してくれていた。
それでも――
僕は、自分の身体が嫌いだった。
どんどん大きくなる体。
神界でも目立つ存在。
隠れようとしても隠れきれない自分。
「このままでいい」
そう思い込もうとしていた。
諦めにも似た気持ちで。
そんなある日。
珍しく、父さんが怒っていた。
神界がざわついていた。
円卓の空気が、張り詰めていた。
父さんは、天界の窓の前に立っていた。
普段の、あの能天気な笑顔はなかった。
何があったのか、詳しいことは知らない。
ただ、父さんは一言だけ言って、窓から飛び出した。
「ちょっと行ってくる」
それだけだった。
僕は、天界の窓に近づいた。
遠く下界に降り立つ父さんの姿が見えた。
――速かった。
信じられないほど、あっという間だった。
問題を解決し、奇跡を起こし、すべてを収めて。
そして父さんは、戻ってきた。
何事もなかったかのように。
いつもの、あの笑顔で。
「ただいま~」
神界の空気が、一気に緩んだ。
皆が安堵し、笑い、いつもの日常に戻っていく。
その光景を見て、僕の胸が熱くなった。
――ああ。
――僕は、この人みたいになりたい。
大変なことを、さらっとこなして。
誰かのために動いて。
それでも笑顔で、帰ってくる。
そんな神に、なりたい。
その瞬間、はっきりと思った。
――部屋に、いたくない。
父さんのそばにいたい。
父さんを、見ていたい。
学びたい。
そう思って、円卓に出るようになった。
正直、怖かった。
でも父さんは、何も言わずに仕事をくれた。
「じゃあ、これ頼むな」
それは、ダンジョンという大きな仕事だった。
責任も重く、簡単じゃない。
でも――
嬉しかった。
僕は、全力で取り組んだ。
自分にできることを、全部注いだ。
そして今。
朝。
僕は目を覚ました。
今日は、ダンジョンの初稼働日だ。
ベッドに腰掛けて、深呼吸をする。
胸の奥が、少しだけ震えている。
でも、不思議と嫌な緊張じゃない。
僕は、小さく呟いた。
「……父さん、ありがとう」
きっと今の僕は、笑顔だ。
――うん。
今の僕は、確かに前に進んでいる。




