第36話 勇者セインの迷い
戦場は、もう遠い。
そう思っていた。
だが――
夜になると、思い出す。
剣を振るった感触。
魔王の拳が風を裂く音。
そして――
天から降りた、神。
「……」
セインは、目を覚ました。
汗で、シャツが背中に張り付いている。
夜明け前。宿屋の天井がぼんやりと見えた。
――また、夢だ。
最近、何度も同じ夢を見る。
魔王と向き合う自分。
剣は届く。
確かに当たっている。
だが――
倒れない。
そして、あの瞬間。
世界が歪み、
空気が震え、
理屈の外側から――
「……タンクトップ?」
思わず、口から漏れる。
自分が剣を振るう意味を、
全部持っていった存在。
朝。
ギルド本部。
かつてレオンが立ち上げ、
今はマルクスが代表を務める冒険者ギルドは、
戦後の混乱で慌ただしかった。
依頼は山積み。
避難誘導、魔物掃討、補給。
「勇者様!」
呼び止められる。
振り返ると、若い冒険者たちがいた。
尊敬の眼差し。
期待。
「……大丈夫ですか?」
セインは、少し考えてから頷く。
「大丈夫だ」
嘘ではない。
だが、真実でもない。
ギルドの訓練場。
剣を振る。
一太刀、二太刀。
動きは鋭い。
身体も、反応も、確実に以前より強い。
レベルも、上がっている。
だが――
「……足りない」
呟きが、地面に落ちる。
魔王には、届かなかった。
神の前では、意味すらなかった。
「俺は……」
剣を止める。
勇者とは、何だ。
魔王を倒す存在。
人々を救う存在。
――それなら。
「神が出てくるなら……」
自分は、何のためにここにいる?
その夜。
セインは、久しぶりに酒を口にした。
酔うほど飲んではいない。
ただ、喉を潤す程度。
窓の外。
月が高い。
「……俺は、弱いのか?」
問いは、誰にも届かない。
神は、圧倒的だった。
努力の積み重ねでは、辿り着けない場所。
それを、見てしまった。
「……でも」
拳を、握る。
神は、戦わなかった。
魔王を殺さなかった。
――止めただけだ。
「戦いは、まだ終わってない」
セインは、立ち上がる。
その頃。
誰にも気づかれないまま、
いくつもの神が、夢を覗いていた。
火の神ウェスタ。
光の神アウローラ。
風の神アウラ。
水の神ウェヌス。
そして――
統括。
「……気づいてくれるといいんだけどな」
誰も、言葉を与えない。
直接導くことは、禁じられている。
だが――
「“答えは一つじゃない”ってことくらいは、
伝わってほしい」
夢の中。
セインは、誰かの背中を見る。
それは、神でも、魔王でもない。
剣を持つ、
無数の人間たちの背中だった。
朝。
セインは、目を覚ました。
胸の奥に、まだ迷いはある。
だが――
「……俺にできることは、まだある」
剣を取る。
魔王を倒すためだけじゃない。
神になるためでもない。
「人が、戦えるようにする」
勇者は、走り出す。
自分が最前線に立ち、
道を示し、
背中を見せる。
それが、
神に代われない存在の――
役割だと信じて。
遠く。
「まだ続くのか」
そこには何とも言えない顔をした
統括が佇んでいた




