第35話 魔王軍、再編
闇は、完全には消えていなかった。
魔王が倒れた――
そう人々は語った。
だがそれは、事実の半分に過ぎない。
魔族領、深層。
かつて魔王が玉座としていた巨大な空洞の奥。
砕けた黒曜石の床、その中央に――人影があった。
「……っ」
低い呻き声。
岩に埋もれたまま、ゆっくりと魔王は目を開く。
身体は動かない。
筋肉は無傷、骨も折れていない。
だが――
魂が、縫い止められている。
「あの……神……!」
怒りに満ちた咆哮が、洞窟を震わせる。
戦の神。
そう信じて疑わなかった存在。
そして――
創造神ウェスタ。
脳裏に浮かぶ、あの姿。
「ウェスタたん……」
無意識の独り言。
その瞬間。
――ゾワリ。
遥か天上で、創造神ウェスタが身を震わせた。
「……今、何か呼ばれた気がしませんでした?」
「気のせい気のせい」
アウローラの笑い声が遠くに響くが、
この場には届かない。
「魔王様!」
駆け寄ってきたのは、上位魔将たちだった。
四天魔将――
かつて、魔王の威を借りて暴れた猛者たち。
だが今、彼らの顔にあるのは恐怖だ。
「ご無事ですか!?」
「神が……!」
「黙れ」
一言で、空気が凍る。
魔王は、ゆっくりと身体を起こした。
地面が軋み、岩が砕ける。
「神は……介入した」
「だが、終わりではない」
魔将の一人が、恐る恐る問う。
「……では、戦は?」
魔王は笑った。
歯を剥き出しにした、獰猛な笑み。
「再編だ」
魔王軍は、変わる。
これまでの戦いは、力任せだった。
魔力、数、恐怖。
だが――
神が現れた以上、それでは足りない。
「人間どもは、勇者を生んだ」
「神は、手を出した」
拳を握る。
「ならば、我らも変わる」
魔王は命じた。
・前線部隊の撤退
・無意味な虐殺の停止
・情報戦の開始
魔将たちが、ざわめく。
「虐殺を……止めるのですか?」
「恐怖は、もう十分に与えた」
魔王は低く笑う。
「これからは――分断だ」
人間同士。
種族同士。
勇者と王。
冒険者と国家。
争いの火種は、戦場にだけあるとは限らない。
そして。
「勇者は……どうする」
魔将の問いに、魔王は即答した。
「放っておけ」
「……は?」
「今は、まだだ」
魔王の脳裏に浮かぶのは、
剣を構え、必死に食らいついてきた青年。
確かに速い。
確かに強い。
だが――
「勇者は、神を見た」
それは、祝福ではない。
呪いだ。
自分がどれほど強くなっても、
その上がいると知ってしまった者の、迷い。
「いずれ、剣は鈍る」
魔王は確信していた。
最後に、魔王は天を睨む。
「……戦の神」
殴り倒した存在。
自分を地に沈めた、あの筋肉の塊。
「次に会う時は……」
拳を握る。
「必ず、神を殺す」
そのために――
筋肉を鍛え、
魔力を磨き、
軍を練り直す。
愛する創造神を手に入れるために。
その頃。
天界の窓を覗いていたクロノスが、ぽつりと呟いた。
「若さよなぁ……」
すぐ横で、ウェスタが即座に突っ込む。
「ちょっと!
あなたは私の子でしょ!?」
天界は今日も平和だった。
だが、下界では。
静かに、
確実に。
次の戦争の準備が始まっていた。




