第34話 戦場の余波
その戦いは、勝敗が決する前に終わった。
いや――
終わらされたと言うべきだった。
戦場に残されたのは、倒れ伏した魔族でも、勝ち誇る人間でもない。
ただ、理解不能な光景と、動けなくなった兵士たちだけだった。
「……今の、何だ?」
最初に声を発したのは、王国軍の若い兵士だった。
剣を握ったまま、膝が震え、立ち上がれない。
魔王が、地面に埋まった。
勇者セインの剣でも、魔法でもない。
――神の一撃。
誰もがそう理解した瞬間、
同時に、それを認めたくないという感情が胸を満たした。
「神……?」
「いや、そんな馬鹿な……」
「見間違いだ、きっと……」
だが、見間違いで済ませられるなら、
地面に残された巨大なクレーターは存在しない。
空気が歪み、音が遅れて届き、
何より――魔王が消えた。
撤退でも、転移でもない。
「いなかったことにされた」かのように。
勇者セインは、その場に立ち尽くしていた。
剣を構えたまま、
しかしもう、戦う相手はいない。
「……俺は……」
その言葉は、風に消えた。
一年。
命を削るような戦いを重ね、
仲間を失い、血を浴び、剣を振り続けてきた。
確かに、自分は強くなった。
魔王と正面から渡り合えるほどに。
だが――
あれの前では、意味がなかった。
「勇者……様?」
背後から、震える声がかけられる。
振り返ると、ギルドの冒険者たちがいた。
人間、エルフ、ドワーフ。
皆、恐怖と混乱で顔が青ざめている。
「今のは……勇者様の……?」
答えられなかった。
答えが分からない。
否――分かりたくなかった。
戦場から王都へ戻る途中、
伝令が馬を走らせていた。
「魔王が消失!」
「戦場に神の顕現あり!」
その言葉は、瞬く間に広がった。
王城では、重臣たちが怒号を上げる。
「神だと!?」
「そんなもの、記録にない!」
「勇者がいるから不要ではなかったのか!」
だが、反論はすぐに消えた。
なぜなら――
神託が下ったからだ。
『これ以上の犠牲を望まぬならば、双方、刃を収めよ』
声は、年老いていながら、確かに力強かった。
誰もが、その名を口にする。
神・クロノス。
その瞬間、王城にいた全員が膝をついた。
否定の余地はない。
これは、政治でも戦略でもない。
世界の上位存在からの命令だった。
ギルドもまた、混乱の渦中にあった。
「神が……」
「冒険者は、何のためにいる?」
「勇者がいる意味は?」
代表マルクスは、深く息を吐いた。
「……だからこそだ」
誰もが彼を見る。
「神が出てくるほど、世界が追い詰められていた」
「なら、俺たちがやることは変わらない」
震える声を、無理やり押し殺す。
「剣を置くのは一時だ」
「守るべきものがある限り、冒険者は必要だ」
それが、彼なりの答えだった。
夜。
戦場跡地に、誰も近づこうとしなかった。
地面に残る、魔王が埋まっていた痕。
そこに触れた者は、例外なくこう言う。
――寒気がする。
空を見上げれば、星は変わらず輝いている。
だが、その向こうに何かがいると、
誰もが無意識に理解してしまった。
神は、見ている。
そして――
次に動くのが、誰かを。
その頃。
はるか天上。
円卓の部屋を見下ろす一人の男が、
小さく、楽しそうに笑っていた。
「へぇ~」
ニヤリと。
「……ちゃんと、進んでるじゃないか」
世界は、確実に。
次の段階へ足を踏み入れていた。




