第33話 神の顕現
荒野は、すでに限界だった。
剣と魔法で削れた大地。
血と汗が染み込み、焦げた空気が肺を刺す。
魔王は苛立っていた。
「……当たらぬ」
拳を振るっても、
爪を振るっても、
目の前を駆け抜ける“勇者”には掠りもしない。
素早い。
異様なほどに。
だが――
「効かぬな」
勇者セインの剣は、確かに魔王の身体を捉えていた。
何度も、何度も。
それでも――
魔王の筋肉は、刃を拒んだ。
肉体そのものが鎧。
圧倒的な“力”の差。
戦いは、完全に膠着していた。
怒りが、魔王の内側で沸騰する。
「……神め」
その瞬間。
空間が、裂けた。
空が歪み、
世界が一瞬、軋む。
――顕現。
そこに立っていたのは、
白い外套……ではない。
「……やっぱ人前だしな」
タンクトップ姿の男だった。
無駄なく鍛え上げられた肉体。
圧倒的な存在感。
そして、その隣。
金の髪を揺らし、
冷静な眼差しを向ける女性。
――ウェスタ。
二柱の神を視界に入れた瞬間、
魔王の理性が、完全に吹き飛んだ。
「戦の神ィィィ!!」
怒号。
勇者も兵士も無視。
魔王は、ただ一直線に――統括へと殴りかかった。
(あ、やば)
主人公は、殴られながら思った。
――効かない。
拳が顔に当たっても、
肋に叩き込まれても、
痛みが“通らない”。
だが、反撃はできない。
原初の神の言葉が、
脳裏に焼き付いている。
――やらかすな。
統括は、殴られながら横を向いた。
「なあウェスタ、これどうすんの」
魔王はさらに激怒する。
「ウェスタタァァァン!!」
その瞬間。
「……ん?」
主人公の動きが止まった。
「今、なんて言った?」
「ウェスタたん!!我が愛しき創造神!!」
――あ。
統括の頭の中で、
すべてが繋がった。
「……あー」
ウェスタが、びくっと震えた。
悪寒。
「さあ……なんでしょうね」
とぼけるウェスタ。
横でアウローラが腹を抱えているのが見えた気がした。
魔王はなおも叫ぶ。
「戦の神を倒せば!ウェスタたんは我のものだァァ!!」
「……なるほど」
主人公は深く息を吸った。
「ウェスタ、話し合い無理?」
「無理です」
即答。
「……正当防衛、どこまでOK?」
「――大人しくさせる程度まで」
その瞬間。
主人公の口角が上がった。
「待ってました」
――跳ぶ。
空を蹴り、
重力を無視した跳躍。
「ウェスタは――」
魔王が吠える。
「俺の女だァァァ!!」
次の瞬間。
デコピン。
額に、軽く。
――ズン。
魔王の巨体が、
肩まで地面に埋まった。
沈黙。
……気絶。
ウェスタは、頬を赤らめていた。
「……ば、ばか」
勇者セインの声が、荒野に響く。
「エーーー!?」
その瞬間。
――世界の時間が、止まった。
風が止み、
砂埃が静止する。
誰も、動けない。
ただ――声だけが響いた。
『――我は告げる』
天界より、
クロノスの神託。
『これ以上の犠牲を望まぬ』
空が、震える。
『魔族よ、人間よ』
『双方――ここで引け』
『この戦いは、まだ終わりではない』
『だが、今ここで続けるべき戦でもない』
沈黙。
やがて――
時間が、再び動き出した。
誰もが理解した。
――今は退く時だと。
戦場に残ったのは、
気絶した魔王と、
神の介入という事実。
天界で、クロノスが呟く。
「……若さよなぁ」




