第30話 魔王の眼
玉座の間は、静まり返っていた。
黒曜石で組まれた床に、魔力が薄く脈打つ。
天井まで伸びる柱の影の奥で、魔王は肘をついていた。
「……勇者、か」
報告を終えた配下は、床に額をつけたまま動かない。
「人間どもの希望としては、随分と若い」
魔王は、指を鳴らす。
宙に、戦場の光景が再生される。
魔族の斥候部隊と、人間の迎撃隊。
その中心にいるのが――セイン。
「速いな」
率直な評価だった。
「魔力も剣も、まだ未熟。
だが、判断が早い」
攻撃を“受けない”。
無理に倒そうとせず、致命傷を避け、確実に削る。
「……厄介だ」
筋力では勝っている。
魔力も、自分の配下の方が上だ。
それでも――
「当たらない」
魔王は、少しだけ眉を動かした。
「我の攻撃なら、あの速度でも避けられぬ。
だが――配下では、届かぬ」
魔王は理解していた。
この勇者は、完成していない。
だが、完成に向かっている。
「時間を与えると、強くなるタイプだな」
不意に、魔王は笑った。
「……だが、それでいい」
配下が、恐る恐る顔を上げる。
「魔王様……?」
「戦の神は、そういう者を好む」
魔王の脳裏には、一つの確信があった。
――あの男(主人公)は、戦の神だ。
人の身で、神に選ばれた存在。
筋肉を信仰し、戦場に意味を見出す神。
「戦の神は、試練を与える」
だからこそ、勇者が生まれた。
「ならば、我は――」
魔王は、玉座から立ち上がる。
床に、亀裂が走る。
「最高の敵として、応えよう」
勇者セインは、まだ“勇者”ではない。
だが、魔王にとっては、すでに対等な舞台への挑戦者だった。
「一騎打ちの舞台は、まだ先だ」
一年。
それだけの時間があれば、勇者は“形”になる。
「鍛えろ」
魔王は、己の腕を見下ろす。
筋肉が、隆起する。
「戦の神に挑むなら、
この程度では足りぬ」
――そして。
魔王の視線が、ふと別の方向へ逸れた。
「……ウェスタたん」
誰もいない玉座の間で、
ぽつりと呟く。
その名を口にした瞬間、
なぜか胸が熱くなる。
「戦の神を倒せば、創造神は我のもの」
その論理に、疑いはない。
「……待っていろ」
勇者も。
戦の神も。
そして――創造神も。
魔王は、静かに拳を握りしめた。
その背後で、世界は確実に軋み始めていた。




