第27話 最初の小規模衝突
最初の報せは、朝だった。
「北街道沿いの交易隊が、戻っていません」
ギルド本部。
報告を受けたマルクスは、書類から顔を上げた。
「人数は」
「護衛込みで、八名」
「……少ないな」
街道沿いの交易は、比較的安全な仕事だった。
魔物は少なく、魔族の動きもない――はずだった。
「場所は?」
「旧伐採地を抜けた先です」
マルクスは地図に視線を落とす。
「……嫌な位置だ」
「斥候を出せ」
「同時に、回収部隊を編成する」
ギルドの空気が、静かに変わる。
昼過ぎ。
冒険者五名の小隊が、現地へ向かった。
剣士、盾役、弓手、魔術師、回復役。
ごく一般的な編成。
誰もが、
「念のため」
という気持ちで動いていた。
森に入ってすぐ、違和感があった。
「……静かすぎる」
弓手が、囁く。
鳥の声がない。
風も、木々を揺らさない。
剣士が、手を上げた。
止まれ。
次の瞬間。
――ガンッ!
盾に、何かが叩きつけられる。
「矢だ!」
矢は、魔族製だった。
「散開!」
魔術師が、即座に魔法を展開する。
だが、敵は見えない。
「左右から来る!」
弓手の叫び。
魔族は、木々を使い、
挟撃してきていた。
「……魔物じゃない」
「訓練されてる!」
剣士が歯を食いしばる。
これは、
偶然の遭遇ではない。
罠だ。
戦いは、短く、そして重かった。
一人が、倒れる。
回復役が駆け寄るが、
間に合わない。
「くそ……!」
盾役が前に出る。
「下がれ!」
魔術師が、全力で火球を放つ。
木々が燃え、
視界が一瞬だけ開ける。
そこにいたのは――
魔族。
鎧を着込み、
統制の取れた動き。
数は、七。
こちらと、ほぼ同数。
「……引くぞ!」
剣士が判断する。
「撤退!」
煙幕。
弓の牽制。
辛うじて、
三人が森を抜けた。
夕方。
ギルドに戻ったのは、三名だけだった。
「……」
マルクスは、報告を聞き終え、
ゆっくりと目を閉じた。
「魔族、確認」
「戦術行動あり」
「……被害は」
「二名死亡、一名行方不明」
沈黙。
誰も、軽口を叩かない。
マルクスは、静かに言った。
「これは事故じゃない」
「宣戦布告だ」
副官が、息を呑む。
「……戦争、ですか」
「いや」
マルクスは首を振る。
「戦争の前段階だ」
「だが――」
地図に指を置く。
「ここから先は、戻れない」
その夜。
街は、まだ平和だった。
灯りは消えず、
酒場も賑わっている。
だが、
森の奥では、血が流れた。
それを、
誰よりも早く理解している者がいる。
天界。
窓の前に立つ統括は、腕を組んだ。
「……来たか」
表情は、険しい。
「思ったより、早いな」
背後で、誰かが息を吸う。
「……」
ウェスタだった。
「統括」
「はい」
「……これは、あなたの想定内ですか」
統括は、しばらく黙った後、
正直に答えた。
「……半分くらい」
ウェスタは、目を伏せる。
「では」
「残りの半分が、
最も恐ろしい部分ですね」
統括は、苦笑した。
「……否定できない」
窓の向こうで、
人間と魔族の距離は、
確実に、血で測られ始めていた。




