第26話 人間たちが気づき始めたもの
最初に違和感に気づいたのは、兵士ではなかった。
冒険者だった。
「……なあ、最近おかしくないか?」
宿屋の二階。
ギルド掲示板の前で、剣士の男が首を傾げる。
「何が?」
向かいに座る魔術師が、書類から顔を上げる。
「魔物だよ」
男は地図を指でなぞった。
「出現地点が、前より揃いすぎてる」
「……言われてみれば」
魔術師も、眉をひそめた。
森の奥。
街道沿い。
鉱山跡。
本来なら、もっと散発的に現れるはずの魔物が、
まるで配置されたかのように現れている。
「討伐難易度も……微妙に上がってる」
「数が増えたわけじゃない」
「でも――」
「動きが、賢い」
その言葉に、場の空気が少し重くなる。
別の街。
エルフの斥候が、ギルドに報告を持ち込んでいた。
「森の奥で、魔族を見た」
「……魔族?」
受付嬢が、思わず声を落とす。
「大軍ではない。偵察だ」
「だが――」
エルフは一瞬、言葉を選んだ。
「連携が取れていた」
「個体ではなく、部隊として動いていた」
ギルド長が、深く息を吐く。
「……魔族は、そんな戦い方をしなかったはずだ」
「ええ」
エルフは頷く。
「少なくとも、ここ百年は」
ドワーフの国。
鍛冶場の親方が、腕を組んで唸っていた。
「最近よ……」
「注文が変わってきてる」
「変わった?」
弟子が聞き返す。
「軽装用の剣が減って、
重装前提の武器が増えてる」
「しかも――」
鉄を打つ音が、止まる。
「人間向けの注文がな」
「……まるで、戦争に備えてるみたいだ」
街の酒場。
噂話は、形を変えて広がっていた。
「南で村が一つ消えたらしい」
「魔物だってさ」
「でも、痕跡が変なんだよ」
「変?」
「逃げ道を塞がれてた」
誰かが、笑って誤魔化す。
「考えすぎだろ」
「魔物がそんなこと――」
言葉は、途中で止まる。
誰もが、
否定しきれない空気を感じていた。
ギルド本部。
地図の前に立つマルクスは、
静かに言った。
「……これは偶然じゃない」
「誰かが、動かしてる」
副長が、唾を飲む。
「魔族……でしょうか」
「可能性は高い」
レオンは、拳を握る。
「だが、まだ確証はない」
「だから――」
顔を上げる。
「冒険者を増やす」
「種族は問わない」
「情報を集めろ」
「戦える者を育てろ」
部屋の空気が、引き締まった。
その夜。
人々は、まだ眠れていた。
子どもは笑い、
商人は明日の利益を考え、
冒険者は酒を飲んでいた。
だが、世界は確実に変わり始めていた。
誰も口には出さない。
けれど、
誰もが心のどこかで思っている。
――これは、
――嵐の前触れだ。
そして。
天界の窓の向こうで、
それを見下ろす一人の神がいた。
「……ほう」
統括は、腕を組む。
「ちゃんと気づき始めてる」
口元が、わずかに上がった。
「いいね」
「世界は、まだ止まってない」
その視線の先で、
人間と魔族の距離は、
静かに、だが確実に縮まっていた。




