第3話 脳筋消防士、神に就職する
意識が、ゆっくりと浮かび上がった。
目を開けた瞬間、
まず思ったのは――**広い**、だった。
天井が見えない。
壁もない。
床は確かに足の裏に触れているのに、
重さが伝わってこない。
「……夢、じゃないな」
声を出すと、
空間がわずかに震えた。
「目覚めましたか」
静かな声が、背後から届く。
振り向くと、
白い翼を持つ女性が立っていた。
姿勢が正しい。
表情は落ち着いている。
こちらを観察する視線に、
余計な感情が混じっていない。
「……天使、ですよね」
「はい」
即答だった。
「私は、あなたの案内役を務めます」
「案内、ですか」
「はい」
一歩、距離を保ったまま。
「豊田正義さん」
名前を呼ばれ、
背筋が伸びる。
「あなたは、亡くなりました」
「……そうでしょうね」
否定する理由はない。
火の中の感覚は、
まだ身体に残っている。
「ですが」
天使は続ける。
「あなたは、ここに呼ばれました」
「ここ、って」
その瞬間。
**空気が、変わった。**
音が、消えた。
空間が、沈む。
理解する前に、
本能が警鐘を鳴らす。
――これは、上だ。
天使が、即座に跪いた。
「原初の神様……!」
周囲を見ると、
いつの間にか数名の天使が集まっており、
全員が同じように頭を垂れている。
俺は、どうしていいかわからず、
とりあえず姿勢を正した。
「……楽にしろ」
空間そのものが、声を発した。
「形式はいらない」
そう言われても、
緊張は抜けない。
視線の先に、
“存在”がある。
姿は曖昧なのに、
圧倒的だと分かる。
「豊田正義」
名前を呼ばれ、
反射的に返事をした。
「はい!」
「お主は創造神として、一つの星を任される」
「……はい?」
言葉が、追いつかない。
「創造、管理、調整」
「世界を壊さず、導け」
「責任は重い」
――ああ。
この空気。
嫌というほど、
知っている。
「……俺に、務まりますか」
正直な疑問だった。
原初の神は、
少しだけ間を置いて答える。
「できるかどうかではない」
「やるかどうかだ」
火の中で、
一歩踏み出した時の感覚が蘇る。
逃げるか。
戻るか。
「……やります」
自然に、
そう口にしていた。
天使が、
小さく息を吸う。
「……ありがとうございます」
その声は、
不思議と落ち着いていた。
「私は」
天使は、静かに名乗る。
「あなたの補佐として、
この世界設計に同行します」
「よろしくお願いします」
深く、丁寧に頭を下げる。
――真面目だ。
信用できる。
そう思った瞬間。
「え〜、堅すぎ〜」
場違いな声が、空気を切った。
「もっと気楽でよくない?」
腕を組んだ天使が、
にやにやしている。
「……黄色の天使!」
周囲が、ざわつく。
「原初の神様の御前ですよ!」
「えー?」
黄色の羽の天使は首を傾げる。
「でもさ〜」
「この人、絶対そういうの苦手でしょ?」
俺を見る。
「ね?」
「……はい」
即答してしまった。
「ほら〜」
満足そうに笑う。
原初の神が、黄色の羽の天使を見る。
「……相変わらずだな」
「えへ」
周囲の天使たちが、
青ざめている。
「まあいい」
原初の神は、淡々と言った。
「豊田正義」
「神の世界に結婚の概念は無い」
「は?」
「ここにいる天使たちと、
何人子を成そうが
お主の自由だ」
「はあ」
「しかし
成した子は
全て神となる」
「子を宿した天使も神となる」
「はあ」
結構重要なことをサラッと・・・
「そして、初期設計ポイント、五千」
「こちらを押してください」
白い羽の天使が透明の石板を持っている
「あ、はい」
訳も分からず言われるがままにする。
「補佐天使団を付ける」
「質問はあるか」
少し考えてから、
俺は口を開いた。
「神様って死ぬ事ってあるんですか?」
「創造神たるお主は星が滅べば死ぬ」
「では地球の感覚ですけど46億年も生き続けるのはちょっと・・・」
「できたばかりの星にまだ神は住まぬ。
そうじゃなお主の感覚で言えば縄文時代位じゃな。
火を使い文化的な生活をする頃神が介入できる」
「因みにだが、ここ天界は地上と時間軸が違う。
基本地上での100年がこちらの1年だ」
「基本?」
「そうだ、お主が思えば地上と同じにできる。
基本以上に早くすることは出来んがな」
「……筋トレ、してもいいですか」
空気が止まった。
補佐の天使が、目を見開く。
黄色の羽の天使が、吹き出した。
「ちょ、初質問それ!?」
原初の神は、
ほんの一瞬だけ黙った。
「……世界を壊さない範囲で」
「やった」
拳を握る。
補佐の天使が、
小さく微笑んだ。
「……本当に」
「変わった方ですね」
「よく言われます」
こうして。
俺は、
神に就職した。
――まだ何も知らないまま。




