第16話 人間の見る世界
村が燃えなかった。
それが、
まず何よりもおかしかった。
本来なら、
燃えるはずだった。
魔族の斥候が投げた
火球は、
確かに屋根へ向かって
飛んできたのだから。
――なのに。
「……雨?」
誰かが、
呆然とつぶやいた。
夜空から、
唐突に降り注いだ雨。
局地的で、
不自然で、
まるで狙ったような雨。
火球は、
空中でかき消え、
屋根に落ちる前に
力を失った。
「奇跡だ……」
「神が……
神が見ている……」
人々は、
そう言った。
だが。
それを
「奇跡」と呼ばなかった者も
いた。
「偶然だ」
青年は、
そう言い切った。
名は、
レオン。
まだ二十にも満たない、
村の若者だ。
「空気が湿ってた」
「雲の動きも
おかしかった」
「火球が
消えただけだ」
周囲は、
不満げな顔をする。
「神を
否定するのか?」
「奇跡を
信じないのか?」
レオンは、
首を横に振った。
「違う」
「神に
頼りすぎるのが
嫌なだけだ」
沈黙。
彼は、
剣を握りしめる。
「次は
雨が
降らないかもしれない」
「その時、
どうする?」
答えは、
返ってこなかった。
その数日後。
村には、
「冒険者」と呼ばれる者たちが
立ち寄った。
彼らは、
魔法を使った。
火を操り、
風を起こし、
身体を強化する。
「すげえ……」
「どうやったんだ?」
冒険者の一人が、
笑った。
「努力」
「訓練」
「魔力制御」
「あと――」
「知識」
彼は、
小さな冊子を取り出した。
「最近、
広まってる」
「魔法理論の
基礎だ」
レオンは、
それを見つめた。
神ではない。
祈りでもない。
理解できる力。
それが、
何よりも衝撃だった。
同じ頃。
遠く離れた
魔族領。
そこでも、
変化は起きていた。
「人間どもが
強くなっている」
魔族の将が、
低く唸る。
「個体差が
激しいが」
「突然
異常に強い個体が
現れる」
「魔法の質も
変わった」
「粗雑だったはずが
洗練されている」
「……誰かが
教えているな」
沈黙。
「神か?」
「……いや」
将は、
首を振った。
「神なら
もっと
露骨だ」
「これは」
「文明だ」
再び、
人間側。
レオンは、
夜の焚き火の前で
考えていた。
剣。
魔法。
知識。
そして、
あの雨。
「……神は
いるかもしれない」
「でも」
「戦うのは
俺たちだ」
彼は、
拳を握る。
「守るために
強くなる」
「奪うためじゃない」
だが。
その思いが、
全員に共有されることは
ない。
力を得れば、
使いたくなる。
勝てば、
広げたくなる。
文明は、
善悪を選ばない。
遠い天界。
誰にも見えない場所で。
世界は、
静かに軋み始めていた。
神は、
見ている。
だが、
手を出さない。
選ぶのは――
人間だ。




