第12話 男神たちの夜
「統括」
天使が、
円卓の間にやってきた。
「下界から、
お供えです」
そう言って差し出されたのは――
「……酒?」
瓶だった。
透き通った液体が、
淡く光っている。
「珍しいな」
最近、
こういう供え物は減ってきている。
文明が進み、
祈りの形も変わった。
それでも――
まだ、残っているらしい。
「お酒、です」
「飲めってことか」
俺は、
瓶を手に取った。
人間だった頃。
正直、
酒はあまり飲まなかった。
嫌いじゃない。
けど、
特別好きでもない。
ただ――
「……いつか」
「息子と
飲めたらいいな」
そんなことを、
考えたことはある。
「……よし」
俺は顔を上げた。
「今日は
男神だけで飲むか」
「え?」
「突然ですね」
集まったのは、
男神五人。
俺。
闇の神エレブス。
土の神テルス。
鍛冶の神ヘファイストス。
農業の神クロノス。
「……飲み会?」
エレブスが、
円卓の下から顔を出す。
「上で飲め」
「……落ち着かない」
「じゃあ
下でもいい」
「……それは
それで」
結局、
エレブスは半分円卓の下、
半分外という
謎の位置に座った。
「乾杯だ」
「……何に?」
テルスが、
不思議そうに聞く。
「……平和に?」
「……それで」
杯を合わせる。
酒は、
神にも効いた。
いや――
神だからこそ、
変な効き方をした。
「……」
まず、
エレブス。
「……母さんが
まぶしすぎる……」
「急に何!?」
「光が……
強すぎる……」
「アウローラのこと!?」
エレブスは、
そのまま――
泣いた。
「……ぐす」
「泣くな」
「……だって……」
闇の神、
泣き上戸だった。
次に。
「……なあ」
テルスが、
杯を持ったまま言う。
「下界、
行きたい」
「急だな」
「……行ったこと、
ほとんどない」
「部屋は
出たのに」
「……地上は
もっと
静かそう」
「静かじゃない」
「……でも
行きたい」
土の神、
酒で行動力が上がるタイプだった。
「……やめとけ」
「……統括も
行ってた」
「バレてる!?」
「……俺も
行く」
「ダメ」
そして。
「はははは!」
ヘファイストス。
「酒うめぇな!」
「飲みすぎだろ」
「鍛冶の後の酒は
最高だ!」
浴びるように、
飲み続ける。
「止めろ!」
「まだ
いける!」
鍛冶の神、
底なしだった。
最後。
「ワシの
若い頃はな」
クロノス。
「……」
「……」
「……」
「まだ
若いですよね?」
「細かいことは
いい!」
絡み酒だった。
「ワシが
畑を
耕し始めた頃はな!」
「それ
数年前ですよね?」
「細かい!」
気づけば――
円卓は、
地獄絵図だった。
泣く闇。
行きたがる土。
飲み続ける鍛冶。
絡む農業。
俺は。
「……」
静かに、
水を飲んでいた。
「統括、
飲まないんですか?」
天使が聞く。
「……今日は
いい」
俺は、
酔っていなかった。
本当に。
次の日。
「正座」
女神たちが、
円卓の前に並ぶ。
「正座」
「……え?」
「正座」
俺たちは、
並ばされた。
丸一日。
「統括」
ウェスタが、
静かに言う。
「あなたが
始めましたね?」
「……はい」
「責任、
取ってください」
「俺、
酔ってないんだけど」
「関係ありません」
「え?」
「連帯責任です」
女神全員、
声を揃えた。
「ひどくない?」
「ひどくありません」
「楽しかった
でしょう?」
「……まあ」
「では
反省してください」
正座。
一日。
足が、
死んだ。
――でも。
「……また
やりたいな」
小さく呟くと。
「懲りてませんね」
ウェスタが、
呆れたように笑った。
男神たちの夜は、
こうして――
静かに、
伝説にならなかった。
次は、
きっと。
もっと、
大事件が起きる。
そんな予感だけが、
残っていた。




