閑話03 真夜中の散歩
夜。
神界は、眠っていた。
円卓の間も静まり返り、
灯りは落ち、
神々も天使たちも休息の時。
――なのに。
俺は、
ふと目を覚ました。
理由はない。
夢を見たわけでもない。
ただ、胸の奥がざわついた。
「……」
寝床を抜け出し、
足音を立てないよう歩く。
気づけば、
円卓のある部屋に立っていた。
巨大な円卓。
誰もいない。
世界が見える窓だけが、
静かに輝いている。
俺は、
何を見るでもなく、
ぼーっと外を眺めた。
下界。
夜の世界。
無数の小さな灯りが、
星のように瞬いている。
――その一角。
赤い光。
「……?」
嫌な予感が、
背中を走った。
「……火事だ」
しかも、
規模が大きい。
広がり方が、
異常に速い。
「……まずい」
そう思った瞬間、
俺の体は動いていた。
考える前に。
判断する前に。
「……っ!」
窓へ。
飛び込む。
次に気づいた時。
俺は、
燃え盛る街の中に立っていた。
熱。
煙。
炎。
「……来ちゃったな」
後で絶対に、
怒られるやつだ。
原初の神。
ウェスタ。
他の神々。
顔が次々に浮かぶ。
「……でも」
周囲を確認する。
「……人、いない」
住人は、
すでに避難していた。
その事実に、
胸を撫で下ろす。
「よし」
即座に、
神界タブレットを展開。
光の板が、
空中に現れる。
「……何が
使える」
一覧を追う。
――局地的降雨(1週間)/3ポイント
「……安っ」
思わず呟き、
即タップ。
ほどなくして、
空が唸り。
雨が降り出した。
激しい雨。
炎が、
音を立てて弱まっていく。
「……」
完全に鎮火するまで見届け、
俺は深く息を吐いた。
「……よし」
安心すると同時に、
どっと疲れが押し寄せる。
「……で」
「どうやって
帰るんだ?」
空を見上げる。
夜空の遥か上。
――あ。
「……天界じゃね?」
星よりも高く、
小さな小さな、
窓。
「……行けるか?」
少し迷ってから、
思いきり跳んだ。
――瞬間。
景色が反転する。
気づけば、
円卓の間の窓の前だった。
「……帰ってきた」
膝が、
笑っている。
「……疲れた」
そのまま床に座り込み、
倒れるように横になる。
「……もう寝よ」
翌朝。
俺は、
びくびくしながら円卓の間へ向かった。
「……バレてるよな」
間違いなく。
扉を開ける。
――誰も、
何も言わない。
全員、
普通の顔をしている。
「……どうしたんですか?」
ウェヌスが、
不思議そうに首を傾げる。
「……あ」
バレてない。
ほっとした、その瞬間。
「……あの」
横から、
アウラが口を開いた。
「出入りの仕方、
間違ってますよ?」
「……え?」
次の瞬間。
全員の視線が、
俺に刺さった。
ジト目。
無言の圧。
「……ごめんなさい」
俺は、
素直に頭を下げた。
「正しい出入りの仕方、
教えてください」
――結果。
正座&半日説教だった。
転移部屋の存在。
正式な降臨手順。
帰還用の石の場所。
「窓は
非常口です」
ウェスタの言葉は、
やけに重かった。
それから。
半年に一度
(星の時間で約50年)
俺は、
こっそり外出した。
住人に見られないよう、
慎重に。
――そして。
必ず、
怒られた。
「またですか」
「統括」
「相談してください」
毎回、
同じ流れ。
でも。
止められなかった。
ちなみに。
あの夜の雨は――
現地では
**『奇跡の雨』**として語り継がれた。
「炎を鎮めた、
天の恵み」
原因不明。
神の名も出ない。
ただの、
奇跡。
俺は、
それでよかった。
円卓の間で、
神たちに囲まれながら。
「……次は
ちゃんとします」
そう言うと。
「どうだか」
「期待しません」
「また怒る準備は
しておきます」
そんな言葉が、
返ってくる。
――この世界は。
まだ、
不完全だ。
でも。
それでも。
守れるものは、
ある。
そう思える夜だった。




