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脳筋消防士、死んだら神にスカウトされた  作者: antomopapa


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第104話 王の選択



 地下鍛冶場に、静寂が戻っていた。

 炉の火は落とされ、

 鉄を打つ音もない。

 残っているのは、

 冷えきらない石床の温度と――

 重たい沈黙だけだった。

 王は、虚空を見つめていた。

 そこに“何か”があると分かっている視線。

 だが、

 手はもう伸ばしていない。

「……まだ、そこにあるな」

 低く、独り言のように呟く。

 答えはない。

 当然だ。

 それは神の道具であり、

 神の領域のもの。

 人の言葉に、応えるはずもない。

「壊すべきか」

 王は、呟いた。

「……封じるべきか」

 どちらも、正解だ。

 そして同時に、逃げでもある。

 壊せば、

 力を失う恐怖から逃げられる。

 封じれば、

 いつか使えるという誘惑を残せる。

 王は、歯を噛み締めた。

「……どちらも」

「王の選択ではないな」

 背後から、声。

 振り返るまでもなく、分かる。

「まだいたのか、神よ」

「いや」

 統括は、軽く肩をすくめた。

「今はただの見物人だ」

 エレブスは壁際に立ち、

 ケルちゃんは床に座って、足をぶらぶらさせている。

「ねー、まだ悩んでるの?」

「……黙れ、子犬」

「犬じゃないもん!」

 ケルちゃんは頬を膨らませる。

「神の番犬だもん!」

「やかましい!」

 だが、

 そのやり取りにも、王の声はどこか弱い。

 統括は、王の隣に立った。

「なあ」

「王ってのはさ」

「選択肢がなくなってから選ぶんじゃない」

「選択肢が“あるうち”に選ぶんだ」

 王は、ゆっくりと統括を見た。

「……神は」

「正解が見えるのだろう?」

「見えない」

 即答だった。

「俺が見えるのは」

「失敗した後の修羅場だけだ」

 王は、鼻で笑う。

「それはそれで、厄介だな」

「だろ?」

 統括は苦笑する。

「だからな」

「今ここで」

「俺は、何も決めてやれない」

 王は、しばらく黙った後――

 ゆっくりと、頷いた。

「……理解した」

 王は、一歩前に出る。

 虚空へ、深く頭を下げるように――

 だが、誰にも見えない“何か”に向かって。

「我は」

「神の力を、持つべきではない」

 ケルちゃんが、ぱっと顔を上げる。

「え、こわさないの?」

「壊さん」

 王は、きっぱりと言った。

「壊すのもまた、恐れからの選択だ」

「……なら」

 統括が問う。

「どうする?」

 王は、目を閉じた。

 そして――

 拳を、炉の上に叩きつける。

「封印する」

「だが」

「二度と手が届かぬ場所へ」

 王は、目を開いた。

「この地下鍛冶場ごと」

「封じる」

 エレブスが、わずかに目を見開く。

「それは……」

「王権の象徴を、自ら捨てる行為だ」

「承知の上だ」

 王は、静かに言った。

「ここは」

「王のための鍛冶場だった」

「だが、今日からは違う」

 王は、背を伸ばす。

「ここは」

「“王が道を誤らぬための戒め”とする」

 統括は、少しだけ笑った。

「いい判断だ」

「……神に褒められても」

「嬉しくはないな」

「だろうな」

 王は、ふうと息を吐いた。

「だが」

「これで、ようやく」

「先代王と、同じ土俵に立てた気がする」

「それは違う」

 統括は、首を横に振った。

「先代は、追いつかれることを望んでた」

「だから」

「今のお前を見たら、たぶん――」

 ケルちゃんが、元気よく言った。

「よくやった!って言うよ!」

「……軽いな」

「でもほんとだよ!」

 王は、少しだけ笑った。

 そして、統括を見る。

「神よ」

「……いや」

「統括」

「なんだ」

「約束を果たせ」

 統括は、眉を上げる。

「約束?」

「筋トレだ」

 即答だった。

「……本気か?」

「本気だ」

 王は、腕を組む。

「汗をかいてから飲む酒がうまいと」

「言ったな?」

「言った」

「なら」

「まずは、己の身体を鍛え直す」

 ケルちゃんが跳ねる。

「やったー!いっしょにやる!」

「お前は数に入っていない」

「えー!」

 エレブスが、静かに呟いた。

「……この王国」

「少し、健全になるかもしれんな」

 統括は、地下鍛冶場を見渡した。

 見えない手は、

 もう動いていない。

 だが――

 確かに、そこに“あった”。

 それを

 使わないと決めた者がいる。

 それだけで、

 世界は、少しだけ前に進む。

 統括は、踵を返した。

「じゃあな、王」

「次に来るときは」

「筋肉痛覚悟で頼む」

「望むところだ」

 王は、深く頷いた。

 選択は終わった。

 だが、

 王としての道は、

 ここから始まる。



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