第101話 竜神、世界の揺らぎを感知する
鬼人族の城下町は、今日も穏やかだった。
朝は商人の呼び声が響き、昼には子供たちが走り回り、夜には灯りがともる。
火事も、洪水も、地震もない。
――あまりにも、何もなさすぎた。
「……妙じゃな」
城の高台。
瓦屋根の向こうに広がる町を見下ろしながら、エキドナは腕を組んだ。
「この地、安定しすぎておる」
隣で正義君の姿をした統括が、静かに頷く。
「俺もそう思ってた」
「災害とはな、起きるべき時に起きるものじゃ」
「それが長く起きぬということは――」
エキドナは目を細める。
「どこかで、歪みが溜まっておる」
風が吹き抜ける。
だが、風すら整いすぎていた。
「主ー」
とてとて、と足音を立ててケルちゃんが駆け寄ってくる。
三つの頭が同時に首を傾げた。
「なんかね、へんだぞ」
「へん?」と統括。
「うん!」
「ぼく、さがしてたの」
「こわいの、とか、あぶないの、とか」
ケルちゃんは真剣な顔で続ける。
「でもね、どこにもないの」
エキドナの眉がわずかに動く。
「……神獣が探して“ない”と言うか」
「それは異常だな」
統括は正義君の手にタブレットを出した。
「天界タブレット、見てみる」
リンクを深める。
視界の端に、いつもの表示が現れ――
統括は、僅かに息を止めた。
「……履歴が、空白だ」
「空白?」とエキドナ。
「災害も奇跡も起きてないのに」
「“操作された痕跡だけ”がある」
表示は、確かに何かが触れた形跡を残していた。
だが、使用者名はない。
「神以外には、触れられぬはずじゃろう」
「本物にはな」
統括は、ゆっくりと息を吐いた。
「でも――」
ケルちゃんが、ぴょんと跳ねる。
「これ、神じゃないぞ!」
二つの頭が同時にうなずき、もう一つが付け足す。
「にてるけど、ちがうの」
エキドナが即座に振り向いた。
「似ている、だと?」
「うん!」
「えっとね、においがちがう!」
「神のにおいは、もっと……つよい!」
統括は、静かに理解した。
「……模倣か」
「下界の者が、神の真似事をしておると?」
「可能性はある」
統括は町から視線を外し、遠く――大陸の向こうを見た。
「反応が出てるのは」
「ドワーフ王国の方向だ」
エキドナは一拍置き、竜神らしく言い切った。
「ならば、即刻排除すべきじゃ」
「神の領域に踏み込むなど――」
「まだだ」
統括の声は低かったが、迷いはなかった。
「壊す前に、理由を聞く」
エキドナは驚いたように目を見開き、やがて小さく笑った。
「……相変わらずじゃな」
「甘いのか、慎重なのか」
「両方だ」
統括はそう答えた。
ケルちゃんが、にこっと笑う。
「主、燃やす?」
「必要なら燃やすぞ」
「でも、いまは?」
「話す」
ケルちゃんは少し考えてから、うん、と頷いた。
「それでいいぞ!」
その瞬間、遠くで――
ほんの小さく、世界が軋む音がした。
誰も気づかないほど、微かな揺らぎ。
だが、確かに。
星は今、
見えない手に触れられていた。




