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脳筋消防士、死んだら神にスカウトされた  作者: antomopapa


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第93話 竜神エキドナ、慎重すぎて何も決められない



天界は今日も平和だった。

――正確に言うと、

「何も起きていないのに、全く物事が進まない」という意味で。

原因は一つ。

竜神エキドナである。

「ではまず、こちらの案件から判断を――」

ウェスタが淡々と説明を始める。

「下界北部の地脈が僅かに偏っています。

 補正として魔力流を――」

「待つのじゃ」

エキドナが、ぴしっと手を挙げた。

「はい?」

「その判断は尚早じゃ」

ウェスタが一瞬、固まる。

「……理由を伺っても?」

エキドナは腕を組み、真剣な顔で天井を見上げた。

「もし、その補正によって別の地脈が揺らいだ場合、

 さらに別の地脈が、

 そしてまた別の地脈が……」

「……」

「連鎖的に不安定になる可能性が、

 ゼロではない」

「限りなくゼロですが」

「“限りなく”では不十分じゃ」

ぴしり。

エキドナの金の瞳が光る。

「余は慎重を司る神。

 万に一つの可能性も、見逃さぬ」

統括は、椅子に深く腰掛けたまま天を仰いだ。

「……あのさ」

「なんじゃ、統括殿」

「その理屈だと、何もできなくない?」

「できるぞ」

エキドナは即答した。

「“検討”ができる」

「実行は?」

「まだじゃ」

「いつ?」

「もう少し慎重になってからじゃ」

ウェスタは、そっと報告書を閉じた。

「では、次の案件に移ります」

「待つのじゃ」

「……はい」

「その“次”の案件も、

 この案件が解決してからでないと、

 影響が読めぬ」

「……」

統括は、額を押さえた。

「つまり?」

「今日は何も決めぬ」

「だろうな!」

その瞬間。

ゴペッ。

エキドナが、椅子から立ち上がろうとして足をもつらせ、

盛大に転んだ。

「だ、大丈夫か!?」

統括が思わず立ち上がる。

「問題ない!」

床にうつ伏せのまま、エキドナは叫ぶ。

「これは慎重に歩いた結果の転倒じゃ!」

「それ、慎重って言うか?」

「不可抗力じゃ!」

ウェスタは無言で、転倒ログを書き加えた。

そこへ。

「父上ー!」

元気な声と共に、エレブスが走ってくる。

黒のぶかぶかタンクトップ姿で、

肩にはケルちゃん――三首の神獣が乗っていた。

「今日の会議、どうですか?」

「……」

統括とウェスタが同時に黙る。

エキドナは、むくっと起き上がり、姿勢を正した。

「順調じゃ」

「順調?」

「一切の判断を保留することで、

 誤った判断を防いでおる」

エレブスは、しばし考え――

「……なるほど?」

「分かっておらぬな?」

エキドナは腕を組む。

「判断とは、時に世界を壊す」

「はい」

「だから余は、壊さぬ判断を選ぶ」

「……判断しない?」

「そうじゃ!」

エレブスは、ぽん、と手を打った。

「凄いですね!」

「分かるのか?」

「はい!

 動かないことで、余計な被害を出さない!」

「そうじゃ!」

エキドナは満足げに頷く。

統括は、頭を抱えた。

「……エレブス」

「はい父上!」

「それ、管理としてどうなんだと思う?」

「……あ」

その時。

「管理者!」

三つの声が同時に響く。

ケルちゃんが、エキドナの前にちょこんと座った。

「判断しないの?」

「……う」

エキドナの口が、止まる。

「森は、判断した」

「筋トレも、判断した」

「決めるの、大事」

「……」

エキドナは、じっとケルちゃんを見る。

「……失敗したら?」

「失敗したら」

「直す」

「治す」

「また頑張る」

エキドナの瞳が、わずかに揺れた。

「……怖いのじゃ」

ぽつりと漏れる本音。

「余が判断して、

 この星が壊れたらと思うと……」

統括は、静かに立ち上がった。

「エキドナ」

「……なんじゃ」

「俺も、ずっと怖かった」

エキドナが顔を上げる。

「壊したらどうしようってな」

「……」

「だから全部、完璧にしようとした」

「……それで?」

「無理だった」

統括は、肩をすくめる。

「だから今は、

 壊れたら直せばいいって思ってる」

エキドナは、しばらく黙っていた。

やがて。

「……では」

小さく息を吸い。

「地脈の補正を、

 最小限で、試験的に、

 ごく慎重に行う」

ウェスタの目が見開かれる。

「……判断、されましたね」

「……一歩じゃ」

エキドナは照れたようにそっぽを向いた。

その瞬間。

ゴペッ。

また転んだ。

「なぜじゃ!?」

「椅子、あった」

「気付かなかった!」

統括は、深いため息をついた。

「……まあ」

エキドナが判断できるようになるまで、

相当時間がかかりそうだ。

だが。

その慎重さが、

この星を守る“別の形の強さ”になることを――

この時の彼らは、

まだ、ぼんやりとしか理解していなかった。

天界は今日も平和で、

そして、なかなか前に進まない。

――竜神エキドナの胃痛仲間が、

また一人増えただけの一日だった。



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