中層と遺跡
二日後。
「今日から中層の探索となる。ここから出現する魔物の難易度が跳ね上がるから、気をつけてほしいことについて説明する」
「分かりました」
道中の馬車の中で、マエリスはミシェルから講義を受ける。
「先に言ってしまうが、気をつけることは二つだ。『できる限り木漏れ日の下を歩くこと』、『常に臭いに注意すること』だ。これさえ守っていれば、中層の難易度は大きく下がる」
「木漏れ日と臭い、ですか」
「木漏れ日ということは樹々の密度が薄いということだ。これで、中層から出現する樹に生息する魔物から奇襲を受けにくくなる」
マエリスは前世のRPGで出現するトレントなどの樹の魔物を想像した。
「なるほど……臭いはどういうことですか?」
「森の魔物は意外と音が小さくてね、色も分かりにくいことが多いから接近に気が付かないことがある。ただ臭いは隠せないようだから、それに頼るんだ。
獣臭は大型獣系統、腐敗臭は虫系統、甘い臭いは植物系統、妙に爽やかな臭いは来た道を戻る、焦げた臭いは全力で逃げる。いいね?」
「後半二つは一体何があるんですか……?」
「爽やかな臭いの方はモンスターハウス、焦げた臭いの方は『爆炎樹』という絶対に会いたくない魔物だ。どちらも突入するメリットはない」
「あ、はい」
本当に嫌そうな顔で言うミシェルに、マエリスはそれしか反応できなかった。
『魔の森』、中層。突入にギルドの許可がいるそのエリアへ足を踏み入れると、魔力の感知が未熟なマエリスでも空気が変わったことを感じる。
息が詰まるような威圧感。肉食獣が目の前で唸りを上げているような生温かさ。薄暗く奥も見えない森の中で、微かな木漏れ日が誘導灯のように揺れている。
「確認だ。中層で気をつけることは何だったかな?」
「『できる限り木漏れ日の下を歩くこと』、『常に臭いに注意すること』です」
「言葉だけでなく行動でも気をつけてくれたまえ。ここから先は油断すると、私でも危ない」
脅すように言うミシェルに、マエリスは頷く。
ただこれが意外と難しい。そもそも木漏れ日はずっと繋がって続いているのではなく、途切れ途切れとなっている。当然木漏れ日がない場所を進むこともあるが、時々そのタイミングで魔物の奇襲があった。
臭いがしていたそうで、ミシェルは危なげなく対応していたが、マエリスは疲労を感じていた。
「少し休むかい?」
「いえ、大丈夫です」
ミシェルの気遣いをマエリスは断る。この程度の疲労なら過去に何度も、前世も合わせれば数えきれないほどに超えてきている。
「慣れてしまえば、大丈夫なので」
「それもそうだね。分かった、ただし少しペースを落とす」
「ありがとうございます」
意地を張ったことを気恥ずかしく感じ、マエリスは苦笑いをしながら、ゆっくりと進むミシェルの後を追った。
「あったよ、マエリス」
ミシェルが足を止め、地面を指さした。草むした地面の中にポツンと、地下へと続く階段がある。
「これが『遺跡』の入り口だ。少しメインの道を外れて来てみたから、他に人はいなさそうだね」
「これが……なんか勝手に、崖とかに大きな入り口があるのかと思ってました」
「『粉々砂漠』にはそういう遺跡もあるそうだけどね。『魔の森』は基本的に地下へ広がるタイプが多いかな」
行こう、とミシェルは片手に光球を生み出して階段を降りていく。
マエリスも入り口の大きさがギリギリ車椅子でも通れることを確認して、慎重に降りていった。
遺跡の中には灯りなどなく、松明も置かれていない。
ミシェルだけでなくマエリスも魔法陣で光球を出して、周囲を見渡してみた。
(まるでピラミッドの中だ)
前世で見たテレビの映像をマエリスは思い出す。レンガのような石材を積んで作られた通路。光もないのに、所々に苔や蔦が茂っている。
ファンタジーならトラップ満載で死体が転がっている『死の通路』だが、探索され尽くしているのか、ミシェルは罠を一切気にせず進んでいく。
やがて、広い場所に出た。
「ふむ……外れか……」
ミシェルが呟く。その視線の先には巨大な岩塊があった。一つだけではない。まるで並べられたかのように大きい順に複数の岩が鎮座している。
そして岩の表面には、特徴的な傷があった。マエリスはよく知っている類の傷が。
「もしかして、ゴーレムの残骸ですか?」
「ああ。素材価値のある金属の装甲はとうに持ち去られて中身だけだが、これは遺跡ゴーレムの残骸だよ。魔力を多く吸い取っているなら、遺跡由来の巨大な何かかと思ったのだがね……」
「うーん……ちょっと上の方を見てみますね」
そう言うと、マエリスは『炎銀の傀儡塊』を起動する。そして両腕を地面につけ、瞬間的にシリンダーに風魔法を投入。跳ね上がる直前に『炎銀の傀儡塊』を解除して重量を軽くした。
放物線を描く車椅子。それはマエリスの狙い通り、最も大きな岩の上へ届く。ホバーの排気が強まり、一瞬ふわりと浮き上がって着地の衝撃を殺す。
そして車椅子を消し、マエリスは這いつくばるように岩の傷を調べる。
「──ダメですね。とても面白い構造ですけど、これじゃあ起動しません。半分以上が欠けてます」
「そうか。ここはもうこの部屋で終わりだ、他の遺跡へ向かおう」
「あ、待ってお父様! ちょっと模写させてください!」
言うが早いか、羊皮紙と『石ころペン』を出すのが早いか、マエリスは岩に齧り付いて離れない。
その様子にミシェルは苦笑し、少しの休憩とした。
「──あれ?」
二十分程で模写を終え、車椅子を出そうとしたマエリスはあることに気づいた。
「お父様、この岩の裏側に隙間があります」
「何?」
横からはゴーレムの腕が邪魔で行けないが、上からだと人が一人辛うじて入れそうな隙間が見えた。
奥へと続く通路も。
身体強化でミシェルも岩に飛び乗り、隙間を覗き込んだ。
「車椅子だと入れないなぁ……」
「私が先に降りてみよう。君は私が受け止めるよ」
ミシェルが飛び降り、手招きをする。マエリスも降りようとして、滑るように転げ落ちたが、ミシェルに受け止められた。
そのままマエリスは抱えられながら、ミシェルの足で通路を進む。
突然、二つの光球が弾けるように消滅した。
「っ!? お父様──」
「囲まれているね」
真っ暗闇の中で、周囲から聞こえてくる獣のような唸り声。
マエリスはネックレスの石に触れ、『炎銀の傀儡塊』をいつでも起動できるように構える。
暗闇の中から、人影が一つ現れた。
「豚獣人……?」
垂れた耳、大きな鼻、ふくよかな腹。
ルピやロルカ以外では初めて見る獣人に、マエリスは息を呑む。
豚獣人はスンスンと鼻を動かすと、こう尋ねてきた。
「君たちは、『巫女様』の知り合いか?」
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