共食いと出会い
「Dランクって、こんなに簡単に受け取っていいものなのですか?」
「さてね。私は早く成ったものだけれど」
己の名前と、ブレイクのサインが刻まれた厚紙のカードを見ながら、マエリスは大通りを進む。
誰でもなれるFランク。
ギルドの一員とみなされるEランク。
独り立ちの基準とされるDランク。
中堅や主力に数えられるCランク。
二つ名が与えられるBランク。
ギルドが誇る主力級のAランク。
それらを超越するSランク。
つまり、Dランクは一人前を意味するため、最初に与えられていいランクではないのだが、例外二人には基準が分からない。
「まあ今日は軽く表層を見て回る程度だから、ランクなんて関係ないね。『魔の森』については、エレノアから授業をされているかい?」
「本当に軽くですけど……」
マエリスは思い出しながら知識を喋る。
「『魔の森』を含む三大領域は開放型の『悪夢の迷宮』で、中心部へ近づくほどに魔物が強くなっているんですよね」
「そうだね。では『悪夢の迷宮』とは何かな?」
「えっと……そうだ、内部に魔物を飼う魔物です」
「それだと情報足らずだ。『悪夢の迷宮』 ──いわゆる迷宮種は夢魔の一種で、生物の欲望が内部構造に反映される。内部の魔物が住みやすい形に変わり、人間が入れば宝箱が現れるようになる。
一説には、『悪夢の迷宮』は魔王の蛹だという意見もあるが、根拠も乏しく詳細は不明だ」
「なるほど」
前世のゲームの都合を考えて、マエリスは深く頷いた。
「中心部とは迷宮種の心臓がある箇所のことで、『魔の森』の心層がそれに当たる。さてマエリス。『魔の森』は開放型の『悪夢の迷宮』と言ったが、開放型とは何だ?」
「え? こう、洞窟や遺跡の中じゃない『悪夢の迷宮』ってイメージでしたけど……」
「閉鎖型ではない、というのは正しいけれど不正確な理解だ。閉鎖型と開放型では大きな違いが一つある」
分かるかな? とミシェルはマエリスを見るが、マエリスは白旗を上げた。
「……分からないですね」
「『悪夢の迷宮』は、内部に魔物を飼う魔物だが、開放型ダンジョンはこの飼育する魔物の中に迷宮種が加わる」
「! つまり、『悪夢の迷宮』の中に『悪夢の迷宮』があるってことですか」
「それは『魔の森』も例外ではない。場合によっては『魔の森』ではなく、そういう小さな『悪夢の迷宮』のスタンピードの可能性もあるから、一つずつ調査していくよ」
「分かりました」
そんな話をしている頃には、森の入り口は目前に迫っていた。
領地と森の境界線。それを超えた瞬間に、カラリとしていた空気が急激に湿っぽくなった。
音が吸収され、耳が痛くなるほどに静かな森。そこへミチャ、ミチャと不気味な音が聞こえてくる。
「早速見られたね。マエリス、衝撃的だろうが見ておきたまえ」
ミシェルの指さす草むら。その隙間からは赤い液体が広がっている。
覚悟を決めてマエリスが草むらの向こうを覗くと、凄惨な光景が目に入った。
腹を食い破られて倒れる狼と、その内臓を一心不乱に食す兎。前世の食物連鎖からは考えられない光景。血と腐肉の混じった臭いが、マエリスの鼻を刺激する。
「うっ……」
「これが共食い現象だ」
そう言って、ミシェルは無詠唱で火球を放ち、狼の死骸もろとも兎を焼き尽くす。
「捕食しているように見えるが、これらの魔物の目的は破壊と殺戮だ。従来の捕食者と被捕食者の関係に関わらず、弱った獲物がいればこうして群がる」
嫌悪を隠さずにミシェルは説明する。
「本来なら死骸が消えるから、こうも臭うこともグロテスクな光景が続くこともないのだがね」
「見ると聞くでは大違いですね……」
「慣れたまえ。これからは今の現象だけが手掛かりだ」
(慣れるかな……)
前世からグロは苦手なマエリスが覚悟を頑張って固めていると、横から声がかけられる。
「いやいや、まだ小さな女の子に慣れろって、酷なことを言いますね」
森の奥から五人組パーティが現れる。その先頭の黒髪細身の男性は、グレーのスーツのような服を着ており、背に担ぐ身長よりも長い槍がなければ冒険者ではなくビジネスマンに見えたことだろう。もしくはホストの集団だ。
金の瞳が、ミシェルを捉える。
「お久しぶりです、賢者ミシェル様」
「君か。この領に来ていることは聞いていたよ。深層からの上がりにしては早いようだが」
「今日はこれから商談がありまして。そちらが噂のご令嬢ですか」
男性は、まるで騎士が姫に対してするように跪き挨拶をしてきた。
視線の高さが合う。無駄にイケメンだなとマエリスは冷静に思った。
「初めまして、レディ。私はAランク冒険者パーティ『応需の商隊』のリーダーを務めております、アンドレスと申します。平民の身故、本来ならばこうして挨拶することは許されないのですが、姫君を一目見たく気持ちが逸ってしまいました」
「初めまして、父がいつもお世話になっております。マエリス・マギカと申します。身分がどうとかは気にしませんよ。それこそ私はDランクに成りたての後輩ですから」
「これは良いことを聞きました。可憐なお嬢さんが我々の新しい後輩になったとは。我々はパーティ名の通りちょっとした商いをしておりますので、興味がありましたら是非、お声がけください」
「ご縁がありましたら、是非」
マエリスは無難に返しながら予想する。貴族の、特に女性の対応が手慣れている。自分の見た目を武器に顧客を集めているのだろう。
そうなると、貴族女性向けの高級店、といったところだろうか。
(一度覗くくらいならいいかもしれないけど、あまり世話にはならないかな)
一方、マエリスの冷めた内心に気づいてか否か、アンドレスはニコニコとした笑顔を崩さずに立ち上がりミシェルに向き直った。
「賢者様も。ご入用の素材がありましたら、是非我々にご用命を」
「必要になれば頼むとするよ」
「十分なご返事、感謝します。それではこれで失礼させていただきます」
そう言って、アンドレスは四人の仲間を連れて森を抜けていった。
(そういえば……ギルドマスターとの話し合いでも名前があったような……)
「ではマエリス、もう少し奥へ行こうか」
「あ、はい」
ミシェルに呼ばれ、マエリスは考えを止めた。
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