ギルドへ
「随分と容赦なくやったものだね」
「惚けないでください。必要なことでしたよね?」
マエリスは隣を歩くミシェルを、割と憎悪のこもった目で睨みつける。
「それよりもボクは、お父様がこの役をボクに着せたことを恨みたいのですが?」
「領主特権だ」
「汚い、貴族汚い」
思い出すだけで心が引き裂かれそうになるマノンの慟哭に涙目になる。
しばらく夢に出そうだ。そして普段は精神的な癒しとなっているマノンとの触れ合いも望めないため、かなり長引きそうだとも、マエリスは予想した。
(それでも、あれは必要だった)
それだけは確信を持って言えるため、質が悪い。
溜息を一つ吐き、マエリスはミシェルに尋ねた。
「……街をゆっくりと見て回るのは初めてですけど、こんなにピリピリしているものですか?」
マエリスは車椅子を自走させて、ミシェルは徒歩で、正面から屋敷を出てマギカ辺境伯領の大通りを歩いていた。
間隔が広い、碁盤の目状の街並み。去年のスタンピードの復興はとうに終わり、ガヤガヤと活気が聞こえてきている。
マエリスは去年のスタンピード時に街中を駆けたきりで普段の様子は知らないが、だとしても妙に殺気立っているように感じた。
「スタンピードの予兆の話が、既に領内に漏れて噂になっているのだろう。規制していても二ヶ月経つんだ、人の口に戸は立てられない」
「表立って混乱していないだけマシ、ということですか」
「我が領民は逞しいね」
この空気を知るために、ミシェルは馬車ではなく徒歩を選んだのだろう。
「さて、もうそろそろ目的地だ」
「あれ、『魔の森』じゃないんですか?」
「その前に寄るところがある──ここが、『冒険者ギルド』だ」
二人は、周囲よりも一際大きな建物の前で立ち止まった。
『冒険者ギルド』。マエリスの前世から、異世界物の定番として登場するこの組織は、この世界にも存在する。
実績や力量によってランク分けされる実力至上主義の世界。悪く言えば力を信奉するチンピラの社会。
しかし組織である以上、結局は現実的なラインに落ち着くわけで。
(前に屋敷で話を聞いた時は、ちょっとガッカリしちゃったんだよね)
いつだったか、ミシェルとギルドマスターが話し合いをしている場で、同行していた女性から色々なことを教えてもらったことを、マエリスは思い出していた。
ミシェルが扉を開けると、建物中にひしめく冒険者たちの視線が集中した。
ただ、妙に静かだった。一瞬で静まったと言うよりは、その前から何かトラブルがあって静まっていたような。
「やあブレイク。お取り込み中だったかな?」
ミシェルが重い空気を払うように、軽く挨拶をする。
奥の受付カウンター、その前に、一人の大男がいた。
闇のように真っ黒な体色。二メートルに届きそうな巨躯。ボディビルダーのような肉体に上裸でマントという変態的な出立。そしてスキンヘッド。一度見たら忘れないこの男こそ、マギカ辺境伯領の冒険者ギルドマスター。
元Sランク冒険者、『凍鬼』ブレイク。
その足元には一人の冒険者が、ピクピクと痙攣しながら倒れている。
「いや、バカが馬鹿やっただけだ。お前は珍しく遅刻だな、賢者」
「少し予定外のことがあったんだ。許しておくれ」
ブレイクが「賢者」と呼称したことで、ようやくギルド内にざわめきが戻る。
必然、ミシェルの隣にいるマエリスへ視線が移動するわけで。
「隣の嬢ちゃんが、噂のお前の娘か」
「ああ。マエリス、挨拶を」
「マエリス・マギカと申します。お噂はかねがね耳にしております。ブレイク様」
「止めろ止めろ、ここはお貴族様の社交場じゃねえんだ。普通に話してくれ体が痒くなる」
追い払うように手をヒラヒラさせながらブレイクは言う。
ミシェルがマエリスへ補足した。
「ここは貴族階級ではなく実力が支配する場所だ。私もAランク冒険者のミシェル・マギカとしてここにいる」
「お父様、なら先に言ってくれませんか? 恥をかいたじゃないですか」
「くはは、賢者も父親やってんだな」
ブレイクは面白そうに笑うと、親指で背後を指した。
「奥に来い。嬢ちゃんも当事者なら一緒にな」
「報告書通りだが、共食い現象の発見頻度に変化はなし。死骸消滅も確認されてねえ」
「そうか。『魔の森』は今どの区画まで開放している?」
「浅層までだな。許可があっても深層までだ。心層挑戦はSランク相手でも許可しないことになってる。あんた相手でもだ」
「慎重だね。いや、その判断で正しいと思うよ。私も軽々と心層に行くつもりはない」
ギルドマスターの部屋。多くの資料が広げられたテーブルを挟んでミシェルとブレイクが話し合いをしていた。
「『カーバンクル』はどうなっている?」
「手掛かりなしだ。『応需の商隊』も手を焼いてるみたいだぜ──この報告必要か?」
「事実が必要なのさ」
中には当然、マエリスにもよくわからない内容もある。
左から右へ、半分ほど話を聞き流していると、ブレイクの視線がマエリスへと向いた。
「さすがに嬢ちゃんには退屈か」
「え、あ、すみません」
「まだ固いなぁ。折角だ、気になることは何でも聞いてくれ」
「寄り道するなブレイク」
「いいだろう別に。去年のスタンピードに参加した奴らで噂にはなってたんだ。銀の巨人を操るってなぁ。俺も気になってたんだが、どうなんだよそこは」
「え、『炎銀の傀儡塊』のことかな?」
考えてみれば、あの場のどこかには冒険者がいて当然かと、マエリスは思う。
「仰々しい名前を付けてんだな。嬢ちゃんが付けてんのか?」
「いや、ノアに付けてもらったんだよ」
「ノア?」
「エレノアだよ。ボクの家庭教師のエレノア・フェリーク」
「……マエリス、それは私も初耳だが」
「え? 報告が必要なことですか?」
「……他に付けられた名前は?」
「ボクのあだ名の『リスちゃん』と、あと『銀の自動兵』もですね。それが?」
キョトンとするマエリス。ブレイクが頭を抱えるミシェルに言う。
「お前の娘、あの『フェアリーゴッドマザー』に随分と気に入られてるみたいだな」
「ここまでとは想定していなかったな……最近、皇后にも目を付けられた」
「マジかよ……普通の人生は送れねえな、嬢ちゃん」
「どういうこと?」
妙に憐れむ目で見られて、マエリスは首を傾げた。
「こりゃ、ギルドも唾を付けておいて損はねえか?」
「振り回される覚悟があるなら、好きにしたまえ」
「怖ぇこと言うなお前……え、冗談だよな?」
「まあ、過ぎたことは仕方ない。気にしなくていいよ、マエリス」
「はあ」
何か流された気もするが、言われた通りマエリスは気にしないことにした。
そこで、先ほどの会話で一つ引っかかったことを思い出す。
「あ、そういえば」
「何か気になることがあるか?」
「お父様はAランクなんですよね」
「ああ、そうだね」
「ブレイクさんは、元Sランクと」
「ああ」
「ブレイクさんは、お父様より強いのですか?」
その質問に、困ったのはブレイクの方だった。
「あー、いや、こいつはSランクに匹敵する実績も力もあるんだが、わざと条件を達成してなくてな」
「肩書は『賢者』で十分だからね。ここにSランクの肩書を加えるのは、枷になることはあってもメリットは薄い」
「ギルドマスターの前で言ってくれるぜ全く……」
「まあ互いに得意分野が違うから言及は難しいが、同格くらいじゃないかな」
「一対一で、正面からよーいドンなら、俺が勝つ」
「なんと」
ブレイクのその発言に、マエリスは目を丸くするが、それに反論するのはミシェル。
「いや、それでも私が勝つね。君が勝つのは、奇襲が成功した場合じゃないかな」
「ああ? 近接戦は俺の方に分があるに決まってるじゃねえか。お前の分野は遠距離からの殲滅だろ」
「さて、接近戦ができないわけではないが」
「俺だって撃ち合いができねえわけじゃねえよ」
いがみ合う二人。マエリスがオロオロしていると、時を知らせる鐘の音が鳴った。
「──っと、言い合いをしてたらもうこんな時間か。嬢ちゃん、帰る前に受付に寄ってけ。Dランクでカードを発行してやる」
「おや、いいのかい?」
「聞いてた話が事実と分かったんなら、相応の位を渡すのが道理だ。Dランクまでなら義務やらなんやらはないから、気楽に持っていけ」
「そういうことなら、遠慮なく」
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