針から始める魔道具研究
「魔法陣はね、魔法の機械化なんだよ」
「機械化、ですか?」
「自動化と言ってもいいよ。つまり人の判断が必要のない魔法ってことなんだよ」
「はあ」
「分かってないねリフィ。じゃあ例を挙げると……」
机の上に並べた魔法陣を指さし、マエリスは語る。
「詠唱魔法は『手作業』だよね。職人が毎回、魔力を練って、言葉で形を作って、投げる。だから職人の腕前──属性や熟練度に左右される」
「ええ。同じ『火球』でも、私が撃つのと新兵が撃つのでは威力が違います」
「でも魔法陣は違う。回路さえ正しければ、誰が魔力を流しても、いつ流しても、全く同じ結果が出る。それが利点であり──同時に欠点でもある」
マエリスは、コンパクトな魔法陣を手に取る。
「誰でも使えるようにするために、魔法陣には『属性変換』や『出力調整』といったパーツが全部盛り込まれてる。だから無駄に魔力を食うんだ」
「なるほど。万人が使える道具にするために、過剰な機能がついていると」
「そう。でも、使う人が『火属性の魔力』を直接流し込めるなら? 変換パーツは要らないよね?」
さっきリフィが起動できた理由。それは、リフィに火属性の魔力が含まれているからだ。その火属性に反応して、火が出現した。
「だから消費魔力が減った。……そして、ボクにはそれができない」
マエリスは自嘲気味に笑った。
彼女には魔力がある。だが、属性がない。賢者である父の診断によれば、彼女の魔力は無色透明であり、自身の属性を増幅させる詠唱魔法の触媒にはなり得ないのだという。
空っぽの器──それがマエリスだ。だからこそ、彼女には「属性変換パーツ」が必須だったのだ。
「つまり、そのスカスカな新型魔法陣は、面倒な処理を術者に丸投げした『欠陥品』ということですね」
「人聞きが悪いなあ! 『玄人仕様』って言ってよ!」
マエリスは頬を膨らませた。
「でも、おかげで消費魔力は減ったでしょ?」
「そうですね。体感ですが、六節必要だったのが、四節以下になったかと」
「その表現いいね。いっそ魔力消費量の単位を『リフィ』にしてみる? この魔法の消費は6リフィです、みたいな」
「……却下します。マエリスお嬢様のお名前でよろしいのではありませんか?」 「えー? 『マエリス』より『リフィ』の方が語感がいいと思うんだけどなー」
「私の名前を単位にするなど、恐れ多くて胃に穴が空きます」
「そこまで!?」
冗談はさておき、とマエリスは表情を引き締める。
「実験の結果、分かったことは二つ。一つは、魔法陣と詠唱魔法の根っこは同じってこと。そしてもう一つは──」
マエリスの声が低くなる。
「魔法陣でも、マノンの『紅眼』は治せない」
リフィが息を呑む。 実験の末に出た結論が「不可能」だとしたら、あまりにも救いがない。
「な──いえ、そう、ですか……」
「がっかりした?」
「……いえ。ですが……」
リフィの落胆を感じ取り、マエリスはニヤリと笑った。
「勘違いしないでよ。ボクは『治療』は無理だって言っただけ」
「はい?」
「一度かければ全快する魔法とか、継続的にかければいい魔法とか……人体を直接いじる魔法は、複雑すぎて今のボクには組めない……だからね」
マエリスは瞳を輝かせ、宣言する。
「マノンには『魔道具』を作ってあげるの。治すんじゃなくて、補うんだ。この世界で最初の──サングラスを!」
その溢れんばかりの熱量はマエリスの目を輝かせる。
「……魔道具、ですか?」
「そう! 魔力で動く道具! 洗濯機とか冷蔵庫とか──」
「せんたくき……? れいぞうこ……? いつものですか……」
リフィは遠い目をしているが、マエリスはお構いなしだ。
「と、いうわけでリフィ。お願いがあります」
「は、はい。何なりと──あ、いえ、魔法指導の規約に抵触しない範囲で……あと、これ以上の金銭的援助は不可ですが」
「お金じゃないよ!?」
マエリスは羊皮紙を置き、真剣な顔で告げた。
「ボクに──刺繍を、教えてください」
「ただいま戻りましたぁ──おやぁ、お裁縫ですかぁ?」
散歩に疲れて眠ってしまったマノンを抱え、ルピが部屋に戻ってきた。そこには、黒い布に黙々と針を刺すマエリスと、それを指導するリフィの姿があった。
「えっとぉ……太陽、ですかぁ?」
「魔法陣ですよ、ルピ」
「ふえぇぇぇ!? 魔法陣ですかぁ!? 布に!?」
「ルピ、声が大きい。マノンお嬢様が起きますよ」
「はぐっ、すみませぇん……」
ルピは口を押さえつつ、マエリスの手元を覗き込む。黒い布地に、銀色の糸で幾何学模様が縫い付けられている。
「紙だとすぐ破れますが、布なら丈夫でしょう? 銀糸は魔力伝導率が高いので、配線には最適なんだそうです」
マエリスは一心不乱に、チクチクと針を進める。前世で手芸趣味は皆無だったが、運針に迷いはない。一定のリズムで、正確に、緻密に。まるで機械のように。
「魔法陣って、布にも描けるんですねぇ」
「折れ曲がったり、歪んだりして陣のバランスが崩れると、正しく起動しない恐れがあるとのことで。今はその実験の下準備のようですね」
「布はぁ、見たところ普通のですねぇ。というかぁ、私たちの服の端材ではぁ?」
「できたぁ!」
最後の結び目を切り、マエリスは布を掲げた。 銀糸が煌めく、布製の魔法陣。 これなら、マノンの服や持ち物に直接縫い付けることも可能だ。
そのままマエリスは背中から倒れ、ルピが部屋にいることに気づいた。
「あれ、ルピおかえり」
「先ほど戻りましたぁ。すごい集中力でしたねぇ」
「こういう終わりの見える単純作業は得意だからねー。
ちょうどいいからルピも手伝ってよ」
「はい?」
「やっぱりデータは、一人よりも二人、二人よりも三人から取るのがいいからね!」
ドサッ、と机の上に山のような黒布の切れ端が置かれる。
糸の太さ違い、縫い目の密度違い、重ね縫いバージョン……思いつく限りのあらゆるパターンが用意されており、狂気を感じるほどの量だ。
「よ、よくこんなに用意できましたねぇ……」
「まだまだ一部だよ。さあ、楽しい楽しい夜なべの始まりだ!」
「……あ、私ぃ、お屋敷の掃除があるんでしたぁ──」
逃亡を図るルピのスカートを、マエリスがガシッと掴む。
「ルピお姉ちゃん……手伝って、くれないの……?」
上目遣い。潤んだ瞳。首をかしげる角度まで計算し尽くされた、あざとい四歳児ムーブ。
「うぅ……い、いくらでもやってやりますよぉ!」
「やったー!」
「……チョロいですね」
リフィは呆れたように溜息をついた。
この幼き主人は、将来とんでもない悪女になるかもしれない。
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