幕間:両親の奮闘
それはマエリスが辺境伯領で、ミスリルの解析をしていた時の話だ。
温暖ながら緑が減っていく秋。空に満月が浮かんだある日。
帝都ウルタールの一室でミシェルは、久しぶりに確保できた休息時間で羽を伸ばしていた。
「ふぅ……」
月夜を肴に、ミシェルはワインを嗜んでいた。普段は酒を飲まない彼だが、終わりの見えない激務の日々に、さすがに一息つきたくなったのだ。
そこへパカラパカラと、馬の蹄の音と車輪の回る音が開け放たれた窓から聞こえてくる。
予定にない客人か? ミシェルは窓から馬車を確認するが、紋章を見て笑みを零した。
そして玄関へ迎えに行くと、ちょうどドレス姿のシャーロットが入ってくる。
「やあ、おかえり」
「あら、珍しいわね」
「ちょうど休憩中に馬車の音を聞いたものだから。今夜一杯どうだい?」
「……そうね、一杯だけ。もうお酒は飽きたの」
着替えてくるわ、と言ってシャーロットは自室へ向かう。ミシェルも自室へ戻り、妻の来訪を待った。
数分後、扉がノックされて、楽な服装のシャーロットが入ってくる。
「あら。そのワイン、西部のものよね」
「ああ。酒には飽きたと言っていたから、酒精のほとんどない物を出したんだ。こういうのもいいかと思ってね」
「私たちには安物だけれど、平民にとっては自分へのご褒美って聞いたことがあるわ」
ワイングラスに注がれた赤紫。その香りは豊潤で、酒精が少ないからこそ素材の香りが楽しめた。
「──いいわね」
「だろう?」
その後しばらく、無言の時間が月明かりに照らされた。ワインの余韻に浸りながら、二人は夫婦の時間を楽しむ。
「……いくつかあなたに相談したい案件があるわ」
しばらくしてから、シャーロットが口を開く。ミシェルも真剣な眼差しで妻を見た。
「今は特別進展せず、これまで通りの関係を続ける方針だけど、その上で重要な話かい?」
「派閥にも関わる話よ。私ではバランス配分が複雑すぎるから相談したいの」
「どの派閥だい? 皇室派? 貴族派? 帝国派?」
「全部よ」
この数か月で大陸全土の貴族と会ったわ、とシャーロットはげんなりしながら言う。
「加えて西部からも友好的な話が来てるから難しいのよ」
「西部か……あそこ港を持つブルー侯爵家を中心にした排他的な場所だけれど、そこからもか」
「何家もよ。どうしましょうか?」
「……今は守りの時期だ。惜しいけれど、ここは損をしても安定を取るべきだろう。どれだけ利益がありそうに見えても断って、現状維持に努めた方がいい。あと半年の辛抱だ」
「半年ね……」
シャーロットが呟く。
「噂が流れてるみたいよ。マエリスと皇后の間のこと。錯綜していて正確なものはないけれど」
「何?」
ミシェルは眉をひそめた。
「共通しているのは、皇后とマエリスに個人的な面識があって、何か秘密の関係がありそうだってこと。お陰で痛くもない腹を探られて大変だわ」
「……皇后本人が漏らしたか」
「やっぱりそれしか考えられないわよね」
シャーロットは物憂げに月を眺める。
「トロワジエ陛下──トロア兄様がまだ皇太子だった時は、外堀を埋める手は使えない真っすぐな子だと思っていたのだけど。こういう手はどちらかと言えばお母様──前皇后の十八番だったわ」
「確かに、そうだね」
「皇后って立場が人を変えるのかしらね」
「かもしれないね……前皇后の名前はなんだったか」
「シャルボート母様でしょう?」
そう言って、シャーロットは口をつぐむ。
「ああ、いえ、それは今の皇后の名前よね。母様は確か、そう、グリス母様だわ。それがどうしたの?」
「ああ大丈夫。そんなに大事なことじゃないよ」
「そう?」
不思議そうに首を傾げるシャーロット。ミシェルは笑って誤魔化しながら、建物の陰へ消えていく黒い尻尾を眺めていた。
「そういえば西部は、ブルー侯爵家の令嬢とポーセット伯爵家の子息がマエリスと親しくしていたはずだ。その二家だけは関係を結んでもいいかもしれない」
「あらそう? それならポーセット伯爵家から声がかかっているから、出席しておくわね」
その後しばらく、北部・東部・中央の貴族との関係について細かく詰めた二人。
一区切りがつき、改めてミシェルはワインをグラスに注いで、背もたれに体重を任せた。
「それであなたは? 本当ならそろそろ辺境伯領に帰っている頃でしょう?」
「何、ちょっとした窃盗騒ぎさ。ただ私の作った『記憶を投影する魔法』が体よく使われて、長く拘束されているだけさ」
「それだけでこんなに長くなるわけないでしょうに」
「まあ、うん、背後が大きくてね。薬物騒ぎだったり、東部の腐敗にも関わってきそうで、色々と面倒なんだ。場合によってはマノンの誕生日にも間に合わないかもしれないね」
「止めて頂戴。それは私にも当てはまることよ」
互いに、深い溜息を吐く。
その後は気分転換として、話題に上がったミシェルの魔法で、昔のマエリスたちの映像を見ることになる。
「この時はまだ可愛かったわね」
「今もそうだろう?」
「今は正直憎らしいわ」
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