幕間:辺境伯のギルド事情
『冒険者ギルド』という組織が、この世界には存在する。
主な目的は人類の非生存領域を開拓することと、稀に生存領域内に発生する『悪夢の迷宮』を攻略することだ。
貴族や国家と協力することもあるが、冒険者ギルドは民営組織なため身分に関わらず誰でも加入することができる。その規模はヤリューレル聖教会に匹敵し、大陸の垣根を超えた世界的互助組織である。
……とまあ、さも崇高な組織であるように語られた冒険者ギルドだが、その目的や理念を常日頃から意識している人間などいない。そこは身分が力で決まる『チンピラの巣窟』だ。
故に、このようなことが発生する。
「おい、これが買い取れないってどういうことだ!?」
「それは遺物の欠片ではなく鉄鉱石です。それと遺物として買い取れないだけで、鉱石としては買い取ります。鉄貨三枚です」
「腹の足しにもならねえじゃねえかふざけんな!」
カラカラと熱い夏の、ある日のこと。スタンピードからの復興ももうじき完了するといった頃。
冒険者ギルド、マギカ領支部。
日常茶飯事な怒声に、受付嬢は極めて事務的に対応する。
激昂する冒険者が相手でも、関係ない。彼女は自信が安全であることを知っているからだ。
「はっ、ダッセェ。お前三大未踏域を探索するのは初めてだな?」
「あぁ!?」
拳を振り上げた男に対して、併設された酒場に居る別の冒険者が嘲笑する。
「大方、ギルドの講習会も面倒くさがってサボってると見た。そんなんだからお前、Eランクの壁も超えられねえんだよ」
「俺はDランクだ! このプレートが見えねえのか!?」
「ああっと悪い悪い、他所のギルドは基準が甘いことを忘れてたぜ。ここで活動するなら降格手続きをしたらどうだ?」
「テメエ許さねえ! 表に出やがれ!」
「いいぜ、飯代でも賭けようや」
酒場の冒険者が立ち上がり、受付の冒険者を指で挑発しながらギルドを出ていく。
頭に血が上っている受付の冒険者は、大股でその後を追っていった。数人の野次馬を引き連れて。
「……はぁ、馬鹿らしい」
「ああしてまたアルコルさんのカモが増えるんですよね、可哀想」
人がはけたことで、応対していた受付嬢が溜息を吐くと、隣にいた別の受付嬢が声をかけた。
冒険者の中には、帝都のギルドが本部だと思って他のギルドを下に見る輩が多数いるが、そもそも冒険者ギルドの本部はペーラ・ウルト大陸にはない。
強いて言うのなら、最も規模が大きいブルー領のギルドが、有事の際のトップになるだろう。
また、『魔の森』に隣するマギカ領、『粉々砂漠』に隣するラホープ領、『吹雪の海』に最も近いブルー領は独自基準で冒険者のランク設定を厳しくしているため質が高く、何も知らない帝都出身の冒険者がカモにされるのは様式美だった。
「人が少ない時のトラブルで良かったですね、先輩」
「そうね」
冒険者がいなくても受付嬢の仕事はなくならない。机一つで完結する事務仕事をテキパキと熟す必要があるのだ。
「今日も、残業になりそうね」
「ああ嫌だぁ~。それもこれもマエリス様のせいですよね」
「あなた、前は『マエリス様すごい!』って言ってたじゃない」
「その気持ちは変わってないですけど、こうも残業が続くと心の闇が……」
春の魔法学術大会。そこでマエリスが『上位属性を習得できる遺物』なるとんでもない物を発表したため、大陸中の冒険者が『魔の森』へ、ひいてはマギカ領支部へと集中していた。
「あ、そういえばこの前、先輩がマエリス様と会ったことがあるらしいって聞いたんですけど本当なんですか?」
「そんなこともあったわね」
二人は手を止めず目線も合わせないまま会話を続ける。
「もしかして、お話とかもしたんですか?」
「大したことはしてないわ、ギルドマスターの付き添いでお屋敷を訪れた時だから。冒険者ギルドの説明をしたぐらいよ」
「いいなぁ。やっぱりすごく綺麗な方でしたか?」
「そうね……」
そこでパタリと、先輩の受付嬢は手を止めて、思い出すように呟いた。
「……同性の私でも、思わず見惚れるくらいには」
「先輩のその反応ガチじゃないですか! うわぁ~、私も一目だけでいいから見てみたいなぁ~」
隣がジタバタする気配を感じながら、先輩受付嬢は作業を再開する。
「話してみてどんな印象でした? やっぱり噂通りの変人です?」
「どうかしら。冒険者に対してキラキラした憧れを持つ、普通の子だったわ」
「そうなんですね。そこは貴族も同じかー」
「ただ……」
「ただ?」
数瞬の沈黙。先輩が口淀んだことに、後輩は手を止めて隣を見る。
「……妙に、事務仕事に理解があるというか、詳しいというか。将来私たちの隣で仕事をしてる未来が、何故か想像できるような、不思議な感じだったわね」
「何ですかそれ?」
後輩は首を傾げた。
「マエリス様って、まだデビュタントしたばかりの五歳ですよね? 貴族だとしても早すぎるような」
「そうよね。私の気のせいだわ」
先輩がそう自分を納得させたあたりで、ゾロゾロとギルドの入り口から冒険者が入ってくる。どうやら決着がついたようだ。
「さ、手を止めて背を伸ばしなさい。笑顔を忘れないで」
「マエリス様、この忙しさも何とかしてくれないかなー」
「すみません、今いいですか?」
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ!」
早速冒険者の対応を始めた後輩を横目に、先輩受付嬢も前を向く。
そこへ、一つのパーティがやってくる。
冒険者と言うには服が貴族的で、見た目も細身な優男の集団。しかしその歩みには隙がなく、明らかに実力者と分かるオーラを持った面々だ。
「いらっしゃいませ──あら、アンドレスさん、『応需の商隊』の皆さん。お久しぶりです」
「『応需の商隊』だって!?」
その言葉に、周囲の冒険者が騒めきだした。
「うわ本当だ! 『金眼』のアンドレスがいる! 『神秘』と『雑技』もだ!」
「あいつら、この大陸に帰ってきてたのか!」
「Aランクパーティも遺物漁りかぁ!?」
「はは、数年見られなかったら気づかれないと思ったのだけど」
アンドレスと呼ばれた男性が笑う。
「『魔の森』に行こうと思ったのだけれど、冬にスタンピードがあったばかりだろう? 今はどの区画まで解放されているのか聞いておきたくてね」
「現在は表層、浅層、中層までが解放されています。深層以降はまだ未確認ですが、『応需の商隊』の皆さんなら許可は下りるでしょう」
「良かった。その答えを聞きたかったんだよ。もしかしたら深層か、場合によっては心層にまで挑戦するかもしれないから、手続きを頼むよ」
「畏まりました」
受付嬢が必要な書類を選別していると、横から冒険者がアンドレスに声をかけた。
「あんたも『上位属性が使えるようになる遺物』が目当てか?」
「うん? そんなものが見つかったのかい? それは面白そうだね」
「あん? 違うのか? んじゃあ天下のトレジャーハンター様の目的は何だよ?」
「はは、それで私が口を滑らせると他のメンバーに怒られるのだけれど、まあ面白いお宝の話の礼で特別だよ」
この場の全員が聞き耳を立てている中、彼は言った。
「数年前についぞ発見できなかった幻の宝石──『カーバンクル』にもう一度挑戦するんだ」
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