完成! それは──
夏真っ盛りのペーラ・ウルト大陸。その中でも最も暑くなるラホープ公爵領。
街全体も陽炎で揺らぐような場所に、何故かやってきた二台の馬車。
現れた金髪ドリルと無気力少年に、マエリスは熱中症でないふらつきを感じた。
「聞いてはいましたけれど暑いですわね……」
「……僕、時間がかかるなら馬車で待ってるよ」
「……ごめんねリケ。中に入れてあげてくれないかな?」
「まあアポはなくとも大事な客人だからな。アポはないが」
突然押しかけてきた二人へチクチク言いながら、リケは屋敷の中へと通す。
「余計に暑くなりましたね〜★」
「猫の皮が脱げてるよ」
「青春ですね」
フィエットに苦手意識があるらしいディアナが暗黒面を漏らし、リフィが無表情で何度も頷く。
「ですが感心しませんわマエリスさん。辺境伯と侯爵なら侯爵の方が上。呼びつけるなどあってはいけませんわ」
「言ってないよ!? ボクは『海の魔物素材で温度を低く保てる素材を知りませんか?』って聞いただけだよ!?」
廊下でマエリスに説教するフィエットに、マエリスは心外だと訴えた。フィエットは思い出すように頭を捻る。
「──そう言えばそうでしたわね」
「ジニーに至っては一言も触れてないし!」
「……僕は、フィエットの誕生日会で聞いた。面白そうだったから、来た」
「本当に勝手だね!? ──え、フィエットの誕生日会?」
聞き捨てならない単語に、マエリスがフィエットの目を見る。
「そうですわ。つい二週間ほど前に私も五歳になりましたの」
「呼んでよ! そしたらボクもお祝いに行ったのに!」
「そうしたいのは山々でしたけれど……」
「……西側貴族は、西側で固まることが多いから」
「良く言えば歴史と伝統を重んじる家が多いのですわ。そこへマエリスさんを呼ぶのは……」
「あー、なるほどね」
あの土地は帝国唯一の港があるから、周囲の貴族の団結が強いと聞く。マエリスは納得した。
「だからこちらへお邪魔させてもらったのですわ」
「それでも手紙をもう一往復させてからじゃない?」
「……フィエット、すごく楽しみにしてた」
「お黙りなさいなジニーさん」
(子どもか──子どもだった)
前世の同年代と比べて遥かに大人びてる今世の子どもたちに、マエリスは少し混乱した。
研究室。
フィエットは内部に魔法陣の断片が刻まれた失敗作を見て、目を輝かせていた。
「綺麗ですわね! 魔法陣でなくとも色々な模様が入れられるのなら、インテリアとしても素敵ですわ!」
「……これ、完成系はどんな感じ?」
「こことここに小さいのを入れて、ここに大きいのを入れて──」
ジニーの質問に、マエリスが設計図を見せながら大雑把に答える。
「……全然できてないんだね」
「ストレートに言うね。でも技術的な問題だから、そこさえ解決すれば行けるはずだよ」
「そこで私ですわね!」
フィエットがそう言うと、リフィに運ばせていた木箱を開ける。
箱の内側には皮が敷き詰められており、その中で大きな瓶に詰められた透明なのゲルが揺れていた。
「『氷山海月』の傘から採れるゼリーですわ! これを水に混ぜれば保冷剤にもなりますのよ!」
「へえ、いいじゃん。屈折率はどうなるかな」
早速マエリスは井戸水にゲルを解く。真夏でもひんやり冷たいそこへ光線を入れてみると、光が大きく曲がった。
「うわ、屈折率強いんだ。でも──かき混ぜてもそんなに変わらないと。これなら許容範囲だと思うけど、リケはどう思う?」
「いや、ゲルに光が吸収されてる。これじゃあ僕の魔力が……いや、やってみないと」
「……じゃあそれ、僕がやる」
ジニーがポツリと呟く。
「……光を出すだけでいいんでしょ。楽チンそー」
「ジニー。多分一日中魔力を使い続けることになるけど、大丈夫そう? リケと交代しながらやる?」
「んー、多分、余裕」
ジニーがそう言うならと、マエリスは任せることにした。
「それなら、僕はレンズと光線の調整に集中できるな」
「ボクは石を動かしながら魔法陣のチェックかな」
「私は昨日と同じように〜、環境を整えますね〜」
「わ、私は、どうすれば?」
「フィエットは水の加減を見てくれないかな。熱くなってきたら交換しないといけないから」
「それならお任せくださいまし!」
役割分担が決まったところで、実験は再開された。
そして、季節は夏の終わりまで進む。
「あとちょっと! あとちょっとで終わり!」
「済まないディアナ、眼鏡を整えてくれ。汗で滑った」
「今行きま〜す!」
「水は問題ありませんわ! この調子で行ってくださいまし!」
「……魔力は余裕」
日が地平線に触れ、沈みゆく黄昏時に、子どもたちの怒号が屋敷に響く。
百何回目かの挑戦。疲労は既にピークに達し、脳内麻薬がストレスを緩和している状況。
その瞬間がやってくる。
「……──! みんなストップ!」
マエリスの声に、全員が一斉に作業を止める。
緊迫の瞬間。マエリスは水の中から石を出し、マジマジと中を覗く。
角度をズラして、虫眼鏡越しに目を凝らし、内容を確認していく。
そして、マエリスは『炎銀の傀儡塊』を解除して床に座った。
誰かが疑問をあげる前に、マエリスはその石に魔力を込める。瞬間、石を中心に、立体的な魔法陣が構築され、車椅子型出現した。
「スゥ──成功!」
「「「「わぁ──!」」」」
マエリスの宣言に、四者四様の喜びが爆発する。
その様子をリフィは静かに拍手して祝福した。
「完成しましたのね!? 伝説級の魔道具が!?」
「あ、いや、それは──」
「それがその魔道具でして? マエリスさんの普段使う車椅子にそっくりですけど」
「車椅子だもん」
「? 車椅子に蘇生の機能が?」
「ないよ」
「マエリスさん!?」
「ボクだってチェックするまで『シュレディンガー』が完成したと思ってたよ! でも考えてみればこれ、技術チェックのための実験なんだよね!」
「紛らわしいですわー!」
「痛い痛いフィエット痛い!」
ポコポコと殴られるマエリス。だがその表情は互いに笑顔だった。
「でもこれで、『シュレディンガー』に必要なものは揃った」
「それでは早速明日から──」
「あー、ごめん。元々この実験が終わったら領地に戻るつもりで、必要な物は今持ってないんだよね」
そう言うと、フィエットは寂しそうな顔をする。
「そうなんですのね……それなら今度はマエリスさんの家にお邪魔しますわ! 確か妹さんが冬に誕生日ですわよね?」
「冬の初めだね。お父様に聞いてみるけど、多分大丈夫だと思うよ」
「絶対ですわよ! マエリスさんの誕生日会ではディアナさんが独占してお話出来ませんでしたから、楽しみですわ」
「マノン様を独占なんて〜」
フィエットとディアナがやいのやいのと口論を始める横で、ジニーがマエリスに声をかけた。
「……ねえ」
「どうしたのジニー」
「その立体魔法陣。石にわざわざ『魔法陣を描く魔法陣』じゃなくて、『車椅子を出す魔法陣』を刻めば良いよね? 効率が悪い」
「全くもってその通り。サイズが小さくなったからいいけど、消費量は平面の時と同じくらいかな。魔力効率を考えるとジニーが正しい」
「? 理由があるの?」
「これは技術実験だからね。この技術じゃないと『シュレディンガー』は完成しないんだよ」
「ふーん。まだ何かあるんだね」
興味深そうに石を、そしてマエリスを見るジニー。
対して、マエリスは頬をかく。
「でも、今回の実験でまた色々判明したし、少し調整しないとね……秋なんてすぐに過ぎちゃうかも」
マエリスは窓から夜空を見て、そう呟いた。
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