ラホープ公爵領
ラホープ公爵家から返事が来たのは一週間後のことだった。
「──あ、大丈夫だって! 良かったぁ、一家の秘伝的な理由で断られたらどうしようかと思ってたよ」
「いつ頃に出立されますか?」
手紙を持ってきたリフィが尋ねる。マエリスは試作中の、ワイヤーで吊られた立体魔法陣モドキを見て考える。
「うーん……三日、あと三日くらいで目処が付くと思うから、四日後に出発しよう」
「畏まりました。五日後の出発ですね」
「? 四日後だってば」
「マエリスお嬢様」
神妙な顔で、リフィは告げた。
「マノンお嬢様が、そろそろ我慢の限界です」
「……五日後に出発ってことで、返事しておくよ」
マエリスは妹の不機嫌に弱い。
ラホープ公爵領はペーラ・ウルト大陸の中央にあり、『粉々砂漠』に面している。
公爵領は別名『旧都』とも呼ばれ、そこは『粉々砂漠』が発生する前は帝国の首都だった場所だ。
昼夜の寒暖差が激しいことで有名なこの地へは、マギカ辺境伯領からは馬車で四日かかる道のりだ。
「何で私まで付き合わされてるんですかね〜★」
「協力者だからだよ」
馬車の中でマエリスの対面に座るディアナが不満を漏らす。リフィは御者をしているため、馬車の中にはマエリスと彼女しかいない。
「でも魔法陣の技術的な話ですよね〜? 私は関係ないじゃないですか〜」
「じゃあ新技術に怪我は付きものだから、治癒要員だよ」
「マノンさんと遊べなくなるマエリスさんの嫉妬では〜?」
「君も道連れだって? そこまで心が狭いつもりはないんだけど」
「どうですかね〜?」
ディアナが意味深な顔をし、マエリスは窓の外へ視線を向けた。
どこまでも草原が広がっている。
「言っておきますけど〜、他の人がいる前では猫を被らせてもらいますからね〜」
「屋敷でやってる通りでしょ。わかってるよ。ボクも余計なことはしないって」
「念のためですよ〜」
リフィやマエリスの前では素で悪態を付くディアナだが、他の使用人やマノンがいる前ではぶりっ子に戻っている。外面への意識は完璧だ。
「それとも〜、マエリスさんも〜、可愛いディアナちゃんの方がお好きですか〜♡」
「やめて鳥肌が立つ」
「酷いです〜♪」
言葉と口調が合っていない。嫌がらせのためだけにぶりっ子をするディアナに、溜息を吐くマエリス。
馬車は構わず進む。
草原が荒野に変わり、やがて城壁へと辿り着く。
夏の日差しが眩しい砂の都、ラホープ公爵領。
その屋敷の前で、眼鏡をかけた巻き毛の少年が出迎えてくれた。
「ようこそ。マエリス嬢、ディアナ嬢」
「リケ様〜♡ お世話になります〜♡」
「リケ、押しかけてごめんね」
「構わない。マエリス嬢の研究には興味がある。手紙では言えない内容も──足はどうしたんだ?」
リケが、前回はなかった足の包帯に言及する。
「ちょっと、怪我しちゃって。見た目ほど酷くはないよ」
「なら、いいが──父のところに案内する」
挨拶もそこそこに、マエリスたちは応接室へと通されるのだった。
「──美術館みたいだったね、リフィ」
応接室で待つ間、マエリスは話題を投げた。思い出すのはこの部屋への道中──否、この部屋も含めた道中だ。
「さすがは公爵家ですね。高価な芸術品があんなにも」
「でも〜、帝城もあんな感じじゃなかったですか〜?」
「城でそんなの楽しむ余裕なんてなかったよ」
「勿体無いですね〜」
ディアナはそう言いながら、応接室に置かれた全身鏡の前でポージングしている。
そう、鏡だ。銅鏡のように辛うじて顔が映るものではなく、前世のそれに匹敵するほどの綺麗な鏡だ。
マギカ辺境伯家にも鏡はあるが、ここまで大きな物はない。
(確か鏡を研磨する時に砂を使うんだっけ)
加えて窓ガラスだ。あえて曇りガラスを使って表面を削り、描かれたのは『砂嵐を裂く猛牛オリックス』──ラホープ公爵家の紋章だ。
(サンドブラスト……見事だね)
光を操る『砂の開拓者』として、ここまで権威を感じさせる応接室はないだろう。
感心していると、部屋の扉がノックされる。ふくよかな体型の男性とリケが入ってきた。
「待たせてしまったかな?」
「いえ、見事な窓や鏡を見ていればあっという間でした。お時間を作っていただき感謝致します、シュヴ・ラホープ公爵様」
マエリスたちは頭を下げて挨拶する。
「楽にしてくれ。ミシェルの秘蔵っ子と話が出来ると聞いて、喜んで帰ってきたんだ」
「恐縮です。学会の時もそうでしたが、父とは仲が良いのですか?」
マエリスが尋ねると、シュブは楽しそうに笑いながら対面のソファに座った。
「アカデミーの時からの親友だよ。今でこそ私は宰相をしているが、学生の時分はやんちゃをしていてね、ミシェルと一緒にシャーロット嬢から叱られたものさ」
「そんなことが」
「はは、そちらを話し始めては日が暮れてしまう。淑女の時間を徒に奪うのも良くないね──本題に入ろう」
シュブの顔に貴族としての冷酷さが宿る。親友の娘を見るような甘さは消え去っていた。マエリスも姿勢を正す。
「ラホープ家の技術を君に貸すのは吝かではないのだが、公爵家の秘術だ。おいそれと簡単に広めて良いものでもなくてね──君の研究について聞かせてもらおうか」
「はい。私の研究は魔法陣を用いた道具の開発で──」
マエリスは順を追って語る。魔道具という概念。魔法陣の活用。発掘した遺物と嘘を吐いていること。皇后シャルボートの依頼。
「……なるほど。ここ最近の皇后陛下の行動はそういうことか」
宰相故か、何か心当たりがあるらしいシュブ。
ボソリと、ディアナがマエリスに耳打ちする。
「皇后陛下からの依頼だなんて聞いてないですけど〜?」
「依頼人が誰かなんて、開発には必要ない情報でしょ?」
「そうですけど〜、失敗リスクというものがありますよ〜」
「考える必要はないよ。失敗すれば終わりなんだから」
「協力者に巻き込んでおいて酷い話ですね〜」
失敗したら私の名前は消してもらいますか〜、とディアナは無情なことを言う。
「それで、伝説級の魔道具を作るために、我が家の秘伝が必要だと」
「はい」
「今の話では、書き込む物については言っていなかったが、決まっているのかな?」
「いえ。硬くて、透明で、できるだけ魔力伝導率の低い素材がいいですね」
「魔力伝導率の低い素材か……リケ、何が思いつく?」
シュブが隣に座るリケに話を振ると、リケは数秒考えて発言する。
「……呪い止めの『楔晶石』でしょうか」
「なるほど。確かにあれは魔力をあまり通さない。ただ少し透明度に欠ける。他には?」
「……それこそ『秘石』はどうでしょうか?」
「確かに秘石は透明度も硬さも十分だろうけど、魔力を通す。今回の目的にはそぐわない」
「……お手上げです」
「そうか。恥ずかしながら私もあまり思い付かない。マエリス嬢は何か案はあるかな?」
白旗を上げたリケと、当主の試すような視線。
マエリスは堂々と答えた。
「『偽晶砂』を希望します」
「ほう、我が領の嫌われものを。ただそれは砂というだけあってかなり小粒だ。魔法陣を刻むには向かないと思うが?」
「錬金術を使えば、大きくできますよね?」
そう言いながらマエリスは、帝都の店でもらった錬金術の本を取り出した。
シュブはそれを見て片眉を上げる。
「おや、随分と古い本を持っているのか。錬金術はミシェルの趣味ではないだろうに」
「偶然ですよ。それでこの本では、土属性や鉱属性の魔力に満ちた環境の中でなら、錬金術で同種の粒を融合できるとあります」
そしてマエリスはシュブを真っ直ぐ見つめる。
「錬金術で栄えたラホープ公爵家なら、知っていますよね?」
「──どうやらこちらの手札はバレているようだ」
シュブはニヤリと笑って手を打った。
「いいだろう! ラホープ公爵家はマエリス嬢の研究へ技術支援する。それでいいかな」
「こちらの望み通りです。ありがとうございます、シュブ・ラホープ公爵様」
「こちらこそ、面白そうな話に関われるのだから満足さ。是非、皇后陛下にはよろしく頼むよ」
偽晶石を手配すると、シュブとリケは応接室を出た。
「学会で見た通りの、気持ちの良い才女だ。お前の惚れた相手だけあるな」
「ち、父上! ですから──」
「頑張ることだな。男としても、協力者としても」
顔を赤くしたリケが、付け加えられた妙な言葉に怪訝な顔をする。シュブは言った。
「簡単そうに言っていたが、恐らく、地獄だぞ」
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