技術は発展すると小型化する
それは、エレノアがまだ屋敷にいた冬の時から、ずっと脳の片隅で引っかかっていたことだ。
サブルーチン──今の魔法陣は、「変数」を一切使わず、全ての処理をベタ書きしている。
当然コードは巨大になるし、バグの温床になるし、確認するのも一苦労だ。
前世でこんなコードを書けば、コードレビューで先輩に絞め殺されていただろう。物理的に、冗談抜きで。
(問題は、どうやれば変数化できるか、だね。『Aを参照せよ』みたいな命令を、どうやれば魔法陣に言語化できるのか……)
魔法陣の魔力は、外側から内側への一方通行だ。水が高いところから低いところへ流れるように。
仮に『Aを参照せよ』の命令が書けたとして、下流から上流にある『A』に向けて魔力を逆行させるにはどうすれば──
「──あ、治癒の魔法陣」
そこでマエリスが思い出したのは、以前解析した『魔力注入箇所かつ、起動順番を変更するパーツ』だ。
あれは一種の「ジャンプ命令」だ。魔力の流れを一時的にプールし、別の場所へ飛ばす機能を持っていた。
(あのパーツをローカルルーチン──変数の格納庫として利用すれば……)
善は急げ。マエリスは手元の羊皮紙に、『炎銀の傀儡塊』の魔法陣をこの方法で再構築してみる。
メインの処理から、あのパーツを経由して、別の場所に書いた「定義A」を読みに行く回路。
しかし、ペンを走らせて数分で、マエリスは手を止めた。
「……あ、これ、平面だと回路が混線するからダメだ」
致命的な物理干渉。
本体の魔法陣であるグローバルルーチンと、変数である魔法陣のローカルルーチンを繋ぐ魔力回路が、二次元の紙の上ではどうしても交差してしまう。
電気回路なら被膜で絶縁できるが、むき出しの魔力回路にそんな芸当はできない。
(じゃあ立体的に作るか? 紙を重ねてミルフィーユみたいに?
いや、羊皮紙で? 湿気で歪むし、風で飛べば目も当てられない。
それに、一々組み立てるのか? それなら今のままの方がまだマシだろ)
立体魔法陣、という響きには、マエリスの厨二心を擽るものがあるが、実用性が皆無だ。
(どうせなら前世のアニメみたく、魔法を使えば光の魔法陣が空中に現れて〜みたいなものがいいよな……魔法を使えば魔法陣が現れる……あ、魔法陣を描く魔法陣!)
マエリスは気づく。
魔法陣そのものを物理的に描くのではなく、「魔法陣を形成する魔力」を射出するプロジェクターを作ればいいのだ。
そうすれば目的の魔法陣は純粋な魔力光で構成されるため、物理的な干渉を受けないし、環境の影響も受けにくい。
起動するハードウェアも、プロジェクターとなる一つで良い。
それが可能なのか。答えは『既に実現している』だ。
『炎銀の傀儡塊』の魔法陣は、チタンで構成された塊を出す魔法陣であり、これだけで機体を操作できるわけではない。
機体を操作する風の魔法は、機体の装甲表面に刻まれている魔法陣で発動するのだ。
すなわち、大きな目で見れば『炎銀の傀儡塊』の魔法陣は『魔法陣を描く魔法陣』と言うことができる。
(魔力を集めるだけなら『調律』属性を使わなくてもいける。問題は、『魔法陣を描く魔法陣』が立体化できないから大きくなることかな……それなら、余計な工程を挟まずに普通にこの大きな魔法陣のままの方が……いやいや……)
『魔法陣を描く魔法陣』のために、別の『魔法陣を描く魔法陣』が必要という問題。工程が増えれば当然必要な魔力量も増える。
思考がループしそうになるが、マエリスはそこで持っていた『石ころペン』を見て、「羊皮紙」という縛りを捨てた。
(物理的な立体の表面なら、裏側に回路を回せる。線は交差しない。
いや、表面だけじゃない。ガラスや宝石のような「透明な媒体」を使えば、内部に三次元的に回路を刻める!)
内部と外部、表面と裏面。
三次元の体積をフルに使えば、あの巨大な倉庫半分の情報を、数センチの球体に圧縮できるかもしれない。
これだ。これしかない。
(素材は……透明で、混線しないように魔力伝導率が低くて、硬いもの……宝石は詳しくないなぁ……)
マエリスの脳内に、色とりどりに輝く小さな宝石が無数に輝く。
その内部には、数万、数十万という微細な回路が、銀河のように刻まれている。
美しい。完璧な解決策だ。
しかし──次の瞬間、マエリスはその宝石を、脳内で握りつぶした。
「……どうやって?」
マエリスは自分の手を見る。ペンを持つ指にはタコができている。
これからやろうとしているのは、直径数ミリの宝石の、その「内部」にまで、髪の毛よりも細い線を刻む作業だ。
「彫刻刀? 入らない。針? 折れる。そもそも、硬度の高い宝石に、人間が手作業で傷をつけるなんて……」
一箇所でも手が滑れば、全損。
しかも宝石は曲面だ。定規も当てられない。
(理論は完璧なのに。設計図も引けるのに。技術が足りない……!)
物理的な限界。
「触れずに」刻む道具が必要だ。
硬い宝石を、豆腐のように切り裂き、かつ0.01ミリの精度で加工できる、そんな前世の道具が──
「……ある」
マエリスはガバっと顔を上げた。
「変数」の概念も、「立体の理論」も、彼がいなければただの妄想だ。
だが、彼がいれば──その技術があれば、現実に変わる。
眼鏡をかけて、学会でも堂々と光の発表をしていた少年。
「リフィ! リフィ! 手紙を出して!」
マエリスは叫んだ。
「ラホープ公爵家に! 技術を教えてくださいって!」
少年の名はリケ・ラホープ。『砂の開拓者』の末裔だ。
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