シュレディンガーの可能性
「とりあえず〜、あなたの頭がおかしくなってないか確認させてくださ〜い」
「ちゃんと説明するから! 診察は要らないよ!」
割と真剣な眼差しで頭を診ようとしてきたディアナからマエリスは距離を取る。
「まず、原因を潰して回るのは不可能ってことは、この数時間でよく分かった。とても網羅して対応できるものじゃない」
「ですね〜」
「だから原因じゃなくて結果を変えることにする。どんな原因があろうが、最終的には死という結末に向かうなら、そこで手を加えればいい」
「なるほど〜。つまり『蘇生』と『治癒』の魔法を仕込めばいいと〜。
蘇生の魔法は知らないって言ったと思うんですけど〜?」
「だからそこは、物理的なものに頼るよ」
マエリスの頭にあるのは心肺蘇生法と低体温療法だ。
心臓マッサージで血流を保ち、人工呼吸で酸素を保ち、体温を下げて酸素需要を減らし、必要ならば電気ショックを与える。
魔法的なプロセスを考えるなら、死亡直後に身体を冷却し、治癒で修復し、電気ショックで心臓を再び動かす。
「ここで問題になるのは、治癒が効かなくなる場合だけど──」
「……死んですぐなら〜、治癒魔法は効くって聞いたことがあります〜。
ただ〜、あなたの足のように魂魄と定着していない肉体は治癒できませんよ〜?
『健全なる魂は〜、健全なる精神と〜、健全なる肉体に宿る〜』って言葉がある通り〜、不健全な死体になった直後から魂魄の霧散は始まりますから〜、治せない場合も生まれます〜」
「なら、霧散させなければいい」
そのための『調律』属性と『増幅』属性。『魂魄』を直接操作する術はまだ見つかっていないが、『魔力』を操作することは可能だ。
マルセラモデルにて、氷で表現される『魂魄』と水で表現される『魔力』──そして水を氷にするには、必ずしも冷やす必要はない。
魔力の圧を、極限に上げればいい。
(そう、ロルカにダメ出しされたバフの魔法陣ならいけるはず……それで肉体が損傷しないように、身体強化の魔法陣も必要かな)
「──このやり方なら、短時間でも魂魄も霧散させず固定化できる」
「ッ! そして蘇生して肉体が健全化すれば、魂魄も定着します〜!」
ディアナの目が、驚愕に見開かれる。
それは、聖女の常識を覆す暴論。
「死なないように守るんじゃない。死んだことにしないんだ」
「死んでるのに〜、生きてる……ですか〜?」
「そう、観測されるまでは生と死が重なり合っている。量子論──シュレディンガーの猫ってやつさ」
マエリスはニヤリと笑う。
「……やっぱり頭がおかしいですね〜、マエリスさんは〜」
「最高の褒め言葉だね」
以上が、『シュレディンガーの蘇生術』の理論だ。
「それで〜、病死や精神、魂魄の死はどうするんですか〜?」
「バランスよく食べて運動して寝る! 病死はこれで予防してもらおう。精神と魂魄は、抵抗力を上げる魔法も組み込んでおこうか」
結果必要なパーツは、以下の八つ。
『精神的・魂魄的ダメージに抵抗する魔法陣』(未)。
『魔力を溜めておく機能』(済)。
『死を検知する機能』(未)。
『身体を冷却する魔法陣(氷属性?)』(未)。
『ルーンを削ったバフの魔法陣』(済)。
『ルーンを削った身体強化の魔法陣』(済)
『全身を治癒できる魔法陣』(未)。
『心臓に電気ショックを与える魔法陣(雷属性?)』(未)。
まずは、未開発のパーツを組み上げる──
あっという間に三ヶ月が経過し、季節は夏へと移ろいだ。カラッとした痛みを感じる日差しと、たまに降るスコール。
その中でマエリスたちの研究は佳境を迎えていた。
氷属性と雷属性の魔法陣の構築は容易だったが、その他のパーツは困難を極めた。
ただでさえ暴れ馬な『調律』属性と『増幅』属性の書き換えだ。事故も頻発し、マエリスは何度もディアナの世話を受けている。足の包帯は、風呂以外では解いてすらいない。
しかしそれも、皇后シャルボートが約束通りに送ってくれたいくつかの高位魔法の魔法陣により、解決の目処が立ち、ついに完成する。
「──よし! よし! これでしょ! この出力と安定性なら、十分治癒できるでしょ!」
「中位程度ですけどね〜。教会員として〜、この光景を見逃していいのか悩みますね〜」
「大丈夫。余程のことがなければこの魔法陣をバラ撒いたりはしないから」
「余程のことがあればバラ撒くという意味ですよね〜、それ〜」
教会の専売特許である治癒が、魔力さえあれば誰にでも使える魔法陣に落とし込まれていることに苦悩するディアナを、マエリスは笑う。
「パーツ同士も組み上がったし、これで『シュレディンガーの蘇生術』は完成だ!」
「良かったですね〜──ところで〜、私途中から思ってたんですけど〜」
「何?」
ニコニコ笑顔で、マエリスはディアナを見る。ディアナは、若干気まずそうな、しかし愉しそうな声で尋ねた。
「求められてるのは魔道具ですよね〜? これを〜、どうするんですか〜?」
元倉庫である研究室の、床半分を埋め尽くす羊皮紙と精緻な幾何学的模様。
『炎銀の傀儡塊』を構築するものよりは小さいものの、十分巨大な魔法陣。
マエリスの笑顔にヒビが入る。
「電撃を放ったり〜、氷漬けにしたりするなら〜、常に身体に接してないとダメですよね〜? できれば心臓の近くとか〜」
「……ペンダントとか?」
「大きすぎますよ〜」
「シャツは?」
「それも大きすぎますし〜、何枚用意するつもりですか〜?」
「マント?」
「サイズはいいかもですけど〜……ずっとマントを身につけさせる気ですか〜?」
「それじゃあ、入れ墨?」
「このサイズをですか〜?」
「……まあ待ちたまえよ、ディアナ君。まだ慌てる時じゃない」
「変な口調でどうしたんですか〜?」
首を何度も横に振って、マエリスは深呼吸する。
「──実は、魔法陣のサイズがここまで大きくなる理由の一つは、同じような情報を細かくいれるからなんだよね。『この一点にこのくらい魔力を入れる』って情報を一点ずつ入れてくから、大きくなるの」
「細かいことは分かりませんけど〜、それで〜?」
「ちょっと、この冗長な反復をどうするか考えてみる」
「それなら私はしばらくお休みですね〜。久しぶりにマノン様と遊んできます〜♪」
「ボクも遊びたい!!!」
「マエリスさんは未来のために頑張ってくださ〜い♪」
「チクショウッ!」
悲嘆の声が、ディアナの背を押した。
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