ディアナは八歳
「──いや〜、あなたってもしかして〜」
研究室へ通されたディアナが、大量の死因で埋め尽くされた紙を見て呟く。
「とんでもないお馬鹿さんだったのでは〜?」
「何でさ。死を防ぐためには、死を知らないといけないでしょ?」
「葉っぱだけ見て〜、木を知った気になる昔話を思い出しますね〜」
「『木を見て森を見ず』──本質が見えてないって言いたいの?」
この言葉にマエリスはムッとするが、ディアナは呆れた目で見下ろす。
「当たり前じゃないですか〜。これで死を網羅できている保証がどこにあるんですか〜?」
「そ、それは、まあ……」
「命の死を考えるなら〜、まずは『肉体』と『精神』と『魂魄』に分けるんですよ〜。それで『肉体』なら病気かそうでないかで分けるんです〜。
肉体の病気でない死は〜、極論治癒魔法のゴリ押しだけで防げます〜」
リフィから羽根ペンをもらい、まるで樹形図を描くように死を分類し始めたディアナを見て、マエリスはキョトンとし、呟いた。
「ディアナって、結構理系っぽい思考──研究者向きの思考してるんだね」
ディアナも呟きで返す。
「意味なく死にたくないだけです〜。充実して生きるために〜、意味あって死ぬために〜、あれこれ考えてたらこうなっただけです〜」
そして溜息を吐いて、マエリスの目を覗くディアナ。
「正直私〜、あなたのこと嫌いですね〜。マノン様の近くにいてほしくないです〜」
「それはボクも、君に対して思ってることだよ。嫌いまでは行かないけど」
「年下のくせに生意気ですね〜」
「え、ディアナっていくつなの?」
「あなたの三つ上ですよ〜」
「結構上だね!?」
マエリスは自分のことは棚に上げてディアナの身長を見る。
「これから伸びますよ〜!」
「あ、うん、ごめん……話を戻すけど、それじゃあ内因死──病死を防ぐにはどうすればいい?」
「時間でも戻せばいいんじゃないですか〜?」
「急に適当になったね!?」
「治癒できないものには興味ないです〜」
「えぇ……」
マエリスは戸惑いながら、そちらは後回しにする。
「それじゃあ『精神』や『魂魄』の死は? 発狂死とか滅死とか。過去の聖女は魂魄の修復ができたとか言ってたよね」
「ん〜、私も詳しく知ってるわけじゃないです〜。聖女にできることって〜、世代ごとに結構違うんですよね〜。
戦場を丸ごと癒した聖女セシリアとか〜、死後五分以内なら蘇生ができた聖女マリアとか〜、それこそ魂魄の修復を成し遂げだ聖女アグネスとか〜。先代の聖女テレサは変わり種で〜、治癒よりも結界が得意でしたしね〜。
でも〜、どうすればそれができるかは分かりませんし〜、残っている記録も日記みたいなものですから〜」
「代々聖女にのみ伝わる秘伝書……みたいなのは?」
「あるなら見てみたいです〜」
期待はしませんが〜、とディアナは話を戻す。
「『精神』や『魂魄』のダメージは予防が一般的ですよ〜。抵抗力を上げるんです〜。この辺りは『肉体』ほど死因の種類は多くないですから〜、虱潰しも現実的な範囲ですね〜」
「そっかぁ……それって、ボクのアプローチが間違ってるって言いたいの?」
「最初から言ってますよ〜★」
ディアナはマエリスの短慮を嘲笑う。
「肉体的な死のバリエーションは単純な死因だけの話じゃないんですよ〜。死者の肉体的な素因に〜、死の状況に〜、加害者の正体もですか〜。
想像もしたくないですね〜。全て網羅できるのならそれは神の領域です〜」
「だからって、最初から諦めるのは違うでしょ?」
「そう思うのは勝手ですけど〜。
今日は初日だから付き合いますけど〜、次からは私には意見を聞くだけにしてください〜。こんなの時間がいくらあっても終わりませ〜ん」
うんざりしたようにディアナが言う。
「今日一日で〜、あなたがそれを理解してくれたらいいんですけど〜」
その憂鬱を、昼飯前にはマエリスも理解した。
これなら、というマエリスのアイデアを、片っ端からバッサリ切っていくディアナ。命に詳しい彼女は、背反の概念である死にも詳しかった。
尽くの手を潰されて、マエリスは食卓で項垂れる。
全ての死を防ぐ盾──その最大のハードルは、やはり死の多様さにあった。
現状の方法では、一つのパターンをある程度防ぐのみ。
なので『毒殺を防ぐだけの魔道具』なら、マエリスは今の段階で道筋を描けていた。
しかしそこから一般化すると──無限の魔力で、総当たりで対処する程度の案しか、机上の空論でさえも浮かばなかった。
それはディアナに「神話ですね〜★」と鼻で笑われる程度には荒唐無稽だった。
「いっそ、蘇生ができたらいいんだけどなぁ」
「ただの蘇生でも意味ないですけどね〜。体も治さないと〜」
「そっかー……?」
何かが引っかかり、マエリスは昼食を口に運ぶ手を止める。
「蘇生を前提にすれば……道筋は──」
「どうかしたんです〜?」
「ディアナ! この方法ならできるかも!」
そして次に放たれるマエリスの言葉に、ディアナは耳と正気を疑った。
「全ての死を防ぐなら、死んでもらえばいいんだよ!」
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