バレないように
「──ってことなんだけど、何か知らない?」
「なるほど、一昨日の報告はそういうことでしたか」
「……バレてたんだ」
リフィのジト目に、マエリスは視線を逸らした。
「えぇ、私の安眠が妨害されました。一週間ぶりにマエリスお嬢様に呆れましたね」
「え、いや、うん、それはその、ごめんね」
「冗談です」
「え、あぁ何だ、冗談──」
「一週間ぶりではなく三日ぶりでしたね」
「そこ!? しかも短くなるの!?」
冗談ですと言うリフィと、疑心暗鬼に陥り怯えるマエリス。
「話を戻しますが、お嬢様方の部屋に、お嬢様の許可なく入れるのは私とルピと、旦那様と奥様だけです。マギカ辺境伯家の使用人は皆調k──教育されているため、この決まりを破る者はいないと考えます」
「今、教育じゃない言葉を言おうとしなかった?」
「そして昨日部屋の掃除をしたのは私です。あの駄犬はロルカの監視の下で庭の手入れをしていたはずなので、一度も部屋に入っていません」
「あの時、ルピも近くにいたんだね」
ルピが破裂していた未来もあったと思い、マエリスは冷汗をかく。
「そして旦那様はご存知の通り帝都ですし、奥様は連日の茶会のために領外でお泊りです」
「なるほどね」
「マノンお嬢様は──はい、特に寝るまでは部屋に立ち入っていません」
「? まあボクも昨日はずっと研究室だったからね」
「ですので、何かしたとするのなら、一人かと」
「ディアナかー」
懲りずに今朝もメイド姿で起こしに来た聖女の顔を思い出して、マエリスは顔をしかめる。
「何が目的だと思う? マノンに関係してることしか分からないんだけど」
「私にもそれぐらいしか。教会の行動原理は様々で分かりかねますね」
「一枚岩じゃないんだ」
信仰の名のもとに──みたいなことを考えていたマエリスは意外そうに眉を上げる。
「どこの組織でもそうです。この屋敷の中でさえ──」
「え、派閥争いがあるの? ボクが知らないところで?」
「お嬢様方のどちらが可愛いか論争が起きていますよ。最近はマノン様派閥が優勢ですね」
「なんだ、また冗談か」
また冗談をと、マエリスは呆れた目でリフィを見る。これが事実だと知ればマエリスはどのような反応をするだろうかと、リフィは内心ほくそ笑んだ。
「──そもそも聖女ってなんなの?」
違うアプローチをしようと、マエリスはリフィに尋ねる。
「ヤリューレル聖教会の定める『聖人』の三柱の一つですね。
武力に長けた『聖騎士』、治癒に長けた『聖女』、そして智謀に長けた『聖者』です。
これら三つの称号は、必ず一代に一人しか名乗ることを許されておらず、時によっては空位となることもあるそうです。確か今は『聖騎士』が空位でしたね。」
「そんなにすごい称号なんだね」
「伝説や御伽噺の称号ですから。あとは──聖人全体の共通点ですが、希少属性の聖属性が扱えます」
「希少属性か……興味はあるんだよね」
「マエリスお嬢様」
「こほん。それが、ボクと同じくらいの歳で授かることってあるの?」
「過去に例はあります。ディアナ様も最年少ではありません。ですが、とても珍しいですね」
狙いが全く分からない。
ディアナ自身の狙いかもしれないし、年齢を考えたら、ディアナの後ろ盾の方の狙いかもしれない。
「案外、マノンに『聖騎士』の片鱗を見てたりして──ないか」
さすがに安直に考えすぎかと、マエリスは自嘲した。
「とりあえず、行動パターンの解析だけでも把握した方がいいよね。バレないように」
「そうですね。バレないように」
客人、それも聖女の行動把握など、バレてしまえば本当に家族全員の命が危ない。
「それでさ、後をつける訳にもいかないから、いっそ魔法の痕跡だけでも押さえようと思って。
この技術はボクだけのだから、いくらでも誤魔化せると思うんだよね」
「例の、砂の魔道具ですか?」
「うん。それを屋敷全体に設置したい」
「なるほど……」
リフィは数秒考え、そしてマエリスの目を真っ直ぐ見て告げた。
「使用人一同、マエリスお嬢様に協力致します。皆に──いえ、駄犬以外の使用人全員に伝えますね」
「バレないようにね」
「はい、バレないように」
リフィたちの協力もあって、その日の内にマエリスは屋敷中に振動計を設置することができた。
その夜。
「──うん。部屋の振動計は全滅か」
昨晩よりも部屋の中に数を増やして置いた振動計は、全て砂が消滅している。
「それじゃあ、廊下を見てみようか」
「はい」
「……寝てていいんだよ?」
「いえ、マエリスお嬢様の専属メイドとして、主が起きている時は起きます」
マノンを起こさないように、こっそりと部屋を出る二人。
そして部屋の扉正面の花瓶裏を確認する。
「あ、砂が残っています」
「本当!? 揺らさないように気を付けて!」
「はい」
リフィが引き抜き、そっと床に置く。影響が出ないように、マエリスが光を生み出して確認する。
「砂が、減ってるね」
「そうですね」
(……発生源に近いほど、消滅の作用が強い? 遠ざかるにつれて魔法の効果が減衰して、ようやく物理的な『振動』として観測できるようになるのか……?)
「うーん……何か模様が浮いてる気もするけど、ちょっと分からないなぁ」
「他も見てみましょう」
マエリスはその隣に設置した振動計を確認する。
「あ、これはそこそこ砂が残ってるね」
「模様も、見えなくはないね」
マエリスは用意していた羊皮紙に模様をスケッチする。
「次に行こう」
さらにその隣は──
「砂は十分ありますが……」
「模様はほとんどなしか。部屋から遠いからかな」
しかしこれで、明らかにあの部屋が中心地になっている証拠が得られた。
「どうされますか?」
「屋敷中を確認するよ。他にもこんな場所があるかも」
二人の捜索は続く。一つずつ、仕掛けた計器を確認していく。
そして判明したことは──
「──あの部屋だけじゃなかったね」
「そのようですね」
異常を確認できたのは、私室の他に食堂。そして砂の完全消滅はなかったが、廊下の一箇所に模様が浮かんでいることが分かった。
何故廊下? とマエリスは思ったが、リフィには心当たりがあるようで。
「私室、食堂、庭園の裏手──いずれも、マノンお嬢様が長くおられる場所です」
「こうも狙い撃ちされてると笑えてくるね」
庭園についてはリフィは詳細を教えてくれなかったが、今はそこにマノンが長くいて、そこに何かしらの魔法が仕掛けられていることが問題だ。
「お父様とお母様は、まだ帰ってこないんだよね」
「そうですね」
「なら、ボクが決着を付けるしかないか──明日、決めるよ」
「畏まりました」
確認を終えて、マエリスはリフィに押されて部屋へ戻る。
その間に、マエリスはスケッチした模様を見て思った。
(この模様……聖属性というには、刺々しくて、禍々しくない?)
こういうものなのだろうかと、マエリスの疑問は頭の隅に残った。
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